・・・同じデカダンでも何処かサッパリした思い切りのいゝ精進潔斎的、忠君愛国的デカダンである。国民的の長所は爰であろうが短所も亦爰である。最っと油濃く執拗く腸の底までアルコールに爛らして腹の中から火が燃え立つまでになり得ない。モウパスサンは狂人にな・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・姑く退け、我れ便時を得ば再び汝を召さん、とある、而して今時の説教師、其新神学者高等批評家、其政治的監督牧師伝道師等に無き者は方伯等を懼れしむるに足るの来らんとする審判に就ての説教である、彼等は忠君を説く、愛国を説く、社交を説く、慈善・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・「ヒヤヒヤ僕も同説だ、忠君愛国だってなんだって牛肉と両立しないことはない、それが両立しないというなら両立さすことが出来ないんだ、其奴が馬鹿なんだ」と綿貫は大に敦圉いた。「僕は違うねエ!」と近藤は叫んだ、そして煖炉を後に椅子へ馬乗にな・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・こんなことから考えてみると、我国固有の国民思想を保存し涵養させるのでも、いつまでも源平時代の鎧兜を着た日本魂や、滋籐の弓を提げた忠君愛国ばかりを学校で教えるよりも、時にはやはり背広を着て折鞄でも抱えた日本魂をも教える方がよくはないかという気・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・この講堂建設以来この壇上で発せられた人間の声の中で、これくらい珍しいものはなかったに相違ない。忠君愛国仁義礼智などと直接なんらの交渉をも持たない「瓜や茄子の花盛り」が高唱され、その終わりにはかの全く無意味でそして最も平民的なはやしのリフレイ・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・忠義立として謀叛人十二名を殺した閣臣こそ真に不忠不義の臣で、不臣の罪で殺された十二名はかえって死を以て我皇室に前途を警告し奉った真忠臣となってしもうた。忠君忠義――忠義顔する者は夥しいが、進退伺を出して恐懼恐懼と米つきばったの真似をする者は・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・固着して自他の分を明にし、他国他政府に対しては恰も痛痒相感ぜざるがごとくなるのみならず、陰陽表裏共に自家の利益栄誉を主張してほとんど至らざるところなく、そのこれを主張することいよいよ盛なる者に附するに忠君愛国等の名を以てして、国民最上の美徳・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・小学中学で教え込まれた忠君愛国は、忠君即愛国、君即国であったが、なぜそれが同一になるかについて理解し得なかった。それは皇室や国家をただ現実的にのみ見ていたからである。しかし皇室の権威はただ現実的な根拠からのみ出るのではない。神話時代には天皇・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・ 日本民族が頭高くささぐる信条は命を毫毛の軽きに比して君の馬前に討ち死にする「忠君」である。武士道の第一条件、二千五百年の青史はあらゆるページにこの華麗なる波紋の跡を残す。君は絶対の権威を持ってその前には人間の平等なく思想の自由がない。・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫