・・・御一同の忠義に感じると、町人百姓までそう云う真似がして見たくなるのでございましょう。これで、どのくらいじだらくな上下の風俗が、改まるかわかりません。やれ浄瑠璃の、やれ歌舞伎のと、見たくもないものばかり流行っている時でございますから、丁度よろ・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・そうなっては、大変である――三人の忠義の侍は、皆云い合せたように、それを未然に惧れた。 そこで、彼等は、早速評議を開いて、善後策を講じる事になった。善後策と云っても、勿論一つしかない。――それは、煙管の地金を全然変更して、坊主共の欲しが・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・そうして、ヨセフは、その「多くの人々の手前、祭司たちへの忠義ぶりが見せとうござったによって、」クリストの足を止めたのを見ると、片手に子供を抱きながら、片手に「人の子」の肩を捕えて、ことさらに荒々しくこずきまわした。――「やがては、ゆるりと磔・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・そんな忠義なポチがいなくなったのを、ぼくたちはみんなわすれてしまっていたのだ。ポチのことを思い出したら、ぼくは急にさびしくなった。ポチは、妹と弟とをのければ、ぼくのいちばんすきな友だちなんだ。居留地に住んでいるおとうさんの友だちの西洋人がく・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・私はいい加減にあしらってお前たちを寝台に近づけないようにしなければならなかった。忠義をしようとしながら、周囲の人から極端な誤解を受けて、それを弁解してならない事情に置かれた人の味いそうな心持を幾度も味った。それでも私はもう怒る勇気はなかった・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・結婚をして人一倍の忠義ができる。神様のおめぐみ、ありがたいかたじけない。この玉をみつけた上は明日にでも御婚礼をしましょう」 と喜びがこみ上げて二人とも身をふるわせて神にお礼を申します。 これを見た燕はどんなけっこうなものをもらったよ・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ ――旧藩の頃にな、あの組屋敷に、忠義がった侍が居てな、御主人の難病は、巳巳巳巳、巳の年月の揃った若い女の生肝で治ると言って、――よくある事さ。いずれ、主人の方から、内証で入費は出たろうが、金子にあかして、その頃の事だから、人買の手から・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・いえね、何も忠義だてをするんじゃないが、御新造様があんまりだからツイ私だってむっとしたわね。行がかりだもの、お前さん、この様子じゃあ皆こりゃアノ児のせいだ。小児の癖にいきすぎな、いつのまにませたろう、取っつかまえてあやまらせてやろう。私なら・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・――わッと群集の騒いだ時、……堪らぬ、と飛上って、紫玉を圧えて、生命を取留めたのもこの下男で、同時に狩衣を剥ぎ、緋の袴の紐を引解いたのも――鎌倉殿のためには敏捷な、忠義な奴で――この下男である。 雨はもとより、風どころか、余の人出に、大・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・天子さまは、日ごろから忠義の家来でありましたから、そんなら汝にその不死の薬を取りにゆくことを命ずるから、汝は東の方の海を渡って、絶海の孤島にゆき、その国の北方にある金峰仙に登って、不死の薬を取り、つつがなく帰ってくるようにと、くれぐれもいわ・・・ 小川未明 「不死の薬」
出典:青空文庫