・・・折々は手を叩いて、銚子のつけようが悪いと怒鳴る。母親は下女まかせには出来ないとて、寒い夜を台所へと立って行かれる。自分は幼心に父の無情を憎く思った。 年の暮が近いて、崖下の貧民窟で、提灯の骨けずりをして居た御維新前のお籠同心が、首をくく・・・ 永井荷風 「狐」
・・・私はこう怒鳴ると共に、今度は固めた拳骨で体ごと奴の鼻っ柱を下から上へ向って、小突き上げた。私は同時に頭をやられたが、然し今度は私の襲撃が成功した。相手は鼻血をタラタラ垂らしてそこへうずくまってしまった。 私は洗ったように汗まみれになった・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ と怒鳴る。 ――ないものは涎を出せ――と、私は怒鳴りかえす。 糞、小便は、長さ五寸、幅二寸五分位の穴から、巌丈な花崗岩を透して、おかわに垂れる。 監獄で私達を保護するものは、私達を放り込んだ人間以外にはないんだ。そこ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・として居る。もやをやめさせろという そして当人を見ると、何故やめるか いやなことがあるか何とかなろうなどと云う。電話で「バカヤロー」と怒鳴るというウソ、人にそんなことを云うだけ 横田をやめさせろと云いつつ横田には内密で、成人教育をや・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・』 王様が泣きながら怒鳴る前で、宰相は、これもまた涙をこぼしながら、『陛下、恐れながら、耳殻のございました時分、我々の憐れむべき国民は、一度の戦に負けたこともございませんでした』と云って、お辞儀をした」 この話を貴女は、どう・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・と怒鳴るので頭を曲げて見ると、まださっきの処に前の様にして居る。 弟は気の毒らしい顔をした。 孝ちゃん許りなら子供の事だから何と云ったって、かまわないけれ共、二十五六にもなった女まで一緒になって、踏台か何かして、ああやって居・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・と一息に怒鳴ると、発作的に泣き始めた。 禰宜様宮田は、すっかりまごついた。当惑した。 云わなければならないことがたくさん喉元まで込み上げて来ている。 けれども、どうしても言葉にまとまらない。何とか云わなければならないと思う心・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 校長さんは怒鳴るのである。 毎週土曜に町まで通って、活花を習って居るのが流石はとうなずかせる。そんな時、主人は学校からかえって来て、南金錠を自分であけて雨戸を引きあけ細君の置いて行った膳に向って長い事かかって昼飯をするのである・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ そして、自分や、周囲のものが日から日へと過している無駄な生涯を顧みて、肥った獣のように呻き、深い物思いと当途のない憤りに沈んで荒っぽく怒鳴るのであった。「そうだ! お前には智慧があるんだ。こんなところは出て暮せ!」「豚の中にい・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ そして、自分の経て来た無駄な生涯を顧みて、肥った獣のように呻き、深い物思いに沈んで荒っぽく怒鳴るのであった。「そうだ! お前には智慧があるんだ。こんなところは出て暮せ!」 冬が来て、ヴォルガ河が凍り、汽船の航行がとまると、ゴー・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
出典:青空文庫