・・・論理的に出立するということを、主観的と考えるのも、自己というものを主語的に考えて、思惟をその作用と考える故である。しかし論理が自己に属するのではなくして、論理から自己へである。自己とは、矛盾的自己同一的論理の個物的自己限定として考えられるの・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・ こうした思惟に耽りながら、私はひとり秋の山道を歩いていた。その細い山道は、経路に沿うて林の奥へ消えて行った。目的地への道標として、私が唯一のたよりにしていた汽車の軌道は、もはや何所にも見えなくなった。私は道をなくしたのだ。「迷い子・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・消極的美をもって美の全体と思惟せるはむしろ見聞の狭きより生ずる誤謬ならんのみ。日本の文学は源平以後地に墜ちてまた振わず、ほとんど消滅し尽せる際に当って芭蕉が俳句において美を発揮し、消極的の半面を開きたるは彼が非凡の才識あるを証するに足る。し・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・投者の球正当の位置に来れりと思惟する時は(すなわち球は本基の上を通過しかつ高さ肩より高からず膝打者必ずこれを撃たざるべからず。棒球に触れて球は直角内に落ちたる時(これを正球打者は棒を捨てて第一基に向い一直線に走る。この時打者は走者となる。打・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・キャナライゼーションということが、人間の行動と思惟の自主的な統一をどんなに麻痺させてゆくものかということがおそろしいほどよく分ります。キャナライゼーションが「全人格を分解する作用をもっていて」「自分では自分で判断していると思っているのだけれ・・・ 宮本百合子 「アメリカ文化の問題」
・・・それらの部分で作者はきっと、思惟の当然の発展としてソヴェト同盟における社会主義的小学教育が全社会の前進とともに達成において新しい人間を生みつつあることや、または現在日本の文部省教育の腐敗は日本独特の封建的専制主義の重圧によるものであることな・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・空想は重く、思惟は萎えてただ 只管のアンティシペーションが内へ 内へ肉芽を養う胚乳の溶解のように融け入るのだ。 L、F、H子供らしい真剣で白紙の上に私は貴方の名と自分の名とを書きました。・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・封建の思惟をロマンティックな作者の精神高揚でつつんだものであった。「阿部一族」では、そのようなロマンティックな要素も作品の一つの色彩とはしつつ、作者はぐっとリアリスティックに心理と経済の事情にまで広く多岐に踏みこんで、一人の君主の死が、・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ジュヌヴィエヴはいかにも十六歳の少女らしく、鋭いが未熟で現実的でない思惟と情熱とで、自分に子供を与えてくれるようにと、科学の教師である医師マルシャルに求める。マルシャルはそれを拒絶する、ジュヌヴィエヴには自分のいっていることの真の意味がまだ・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・は、文壇の一つの側に門をあけたが、そこから出現した新進は、文学に新鮮活溌な風をふき起す代り、思惟と感情の異様な蜒り、粘っこさを文体にまで反映して、若き世代の文学が当面している社会的・文学的重圧の大きさを思わしめるものが多かったのである。・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
出典:青空文庫