・・・しかも議論の問題となるものは純粋思惟とか、西田幾太郎とか、自由意志とか、ベルグソンとか、むずかしい事ばかりに限りしを記憶す。僕はこの論戦より僕の論法を発明したり。聞説す、かのガリヴァアの著者は未だ論理学には熟せざるも、議論は難からずと傲語せ・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・「ロックや、ヒュームやカントが作りあげた認識主観の脈管には現実赤い血潮が通っているのでなくて、単に思惟活動として、理性の稀薄な液汁が流れているのみである」この紅い血潮は意志し、感じ表象する「全人」の立場からのみくみとることができる。「生」は・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・川に棲息し繁殖し、また静かにものを思いつつある様は、これぞまさしく神ながら、万古不易の豊葦原瑞穂国、かの高志の八岐の遠呂智、または稲羽の兎の皮を剥ぎし和邇なるもの、すべてこの山椒魚ではなかったかと私は思惟つかまつるのでありますが、反対の意見・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・あなたに限らず、あなたの時代の人たちに於いては、思惟とその表示とが、ほとんど間髪をいれず同時に展開するので、私たちは呆然とするばかりです。思った事と、それを言葉で表現する事との間に、些少の逡巡、駈引きの跡も見えないのです。あなた達は、言葉だ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・味わいの深い狂いかたであると思惟いたします。ああ。あなたの小説を、にっぽん一だと申して、幾度となく繰り返し繰り返し拝読して居る様子で、貴作、ロマネスクは、すでに諳誦できる程度に修行したとか申して居たのに。むかしの佳き人たちの恋物語、あるいは・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・言葉でつづられた人間の思惟の記録でありまた予言である。言葉をなくすれば思惟がなくなると同時にあらゆる文学は消滅する。逆に、言葉で現わされたすべてのものがそれ自身に文学であるとは限らないまでも、そういうもので文学の中に資料として取り入れられ得・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・しかし、この機構の背後には色々の人間がさまざまの用談をし取引を進行させており、あらゆる思惟と感情の流れが電流の複雑な交錯となってこの交換台に集散しているのである。 現象を記載するだけが科学の仕事だというスローガンがしばしば勘違いに解釈さ・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・この条項のうちわが趣味の欠乏して自己に答案を検査するの資格なしと思惟するときは作家と世間とに遠慮して点数を付与する事を差し控えねばならん。評家は自己の得意なる趣味において専門教師と同等の権力を有するを得べきも、その縄張以外の諸点においては知・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・に彼らにとって黄色な活動晴雨計であった、たまた※降参を申し込んで贏し得たるところ若干ぞと問えば、貴重な留学時間を浪費して下宿の飯を二人前食いしに過ぎず、さればこの降参は我に益なくして彼に損ありしものと思惟す、無残なるかな、・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・『歎異抄』の中に上人が「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずればひとへに親鸞一人がためなりけり」といわれたのがその極意を示したものであろう。終りに宗祖その人の人格について見ても、かの日蓮上人が意気冲天、他宗を罵倒し、北条氏を目して、小島の主らが・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
出典:青空文庫