・・・それはどんな社会だと云うと、国家枢要の地位を占めた官吏の懐抱している思想と同じような思想を懐抱して、著作に従事している文士の形づくっている一階級である。こう云う文士はぜひとも上流社会と同じような物質的生活をしようとしている。そしてその目的を・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・といえる歌は彼の神明的理想を現したるものにて、この種の思想が日本の歌人に乏しかりしは論を竢たず。一般に天然に対する歌人の観察は極めて皮相的にして花は「におう」と詠み、月は「清し」と詠み、鳥は「啼く」、とのみ詠むのほか、花のうつくしさ、月の清・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・るそれも一日に一つどころではなく百や千のこともある、これを何とも思わないでいるのは全く我々の考が足らないので、よくよく喰べられる方になって考えて見ると、とてもかあいそうでそんなことはできないとこう云う思想なのであります。ところが予防派の方は・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・或人は熱心に、新しい日本の黎明を真に自由な、民権の伸張された姿に発展させようと腐心し、封建的な藩閥官僚政府に向って、常に思想の一牙城たろうとした。 元来、新聞発行そのものが、民意反映の機関として、またその民意を進歩の方向に導くための理想・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・そんならと云って、これが自分の運だと諦めているという fataliste らしい思想を持っているのでもない。どうかすると、こんな事は罷めたらどうだろうなどとも思う。それから罷めた先きを考えて見る。今の身の上で、ランプの下で著作をするように、・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・いつつ、それぞれに競い合う本能的な力の乱れを捌き下る、間断のない注意力で鮎を漁る熟練のさ中で、ふと私は流れる人生の火を見た思いになり遠く行き過ぎてしまった篝火の後の闇に没し、手さぐりながらまた考えた。思想の体系が一つの物体と化して撃ち合う今・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・ 丁度浮木が波に弄ばれて漂い寄るように、あの男はいつかこの僻遠の境に来て、漁師をしたか、農夫をしたか知らぬが、ある事に出会って、それから沈思する、冥想する、思想の上で何物をか求めて、一人でいると云うことを覚えたものと見える。その苦痛が、・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・私はある思想に拠って行為を非難する事があります。そうして時には自分の行為もまた同じように非難せられなければならない事を忘れています。 ある時私は友人と話している内に、だんだん他の人の悪口を言い出した事がありました。対象になったのは道徳的・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫