・・・煙草は、思索の翼と言われていますからね。あなたの作品を、うちの女房と娘が奪い合いで読んでいますよ。「法師の結婚」という小説です。私も、そのうち読ませていただくつもりですけれど、天才の在るおかたは羨やましいですね。この部屋は、少し暑過ぎますね・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・その原稿に対しての、私の期待が大きすぎるのかも知れないが、私は戦線に、私たち丙種のものには、それこそ逆立ちしたって思いつかない全然新らしい感動と思索が在るのではないかと思っているのだ。茫洋とした大きなもの。神を眼のまえに見るほどの永遠の戦慄・・・ 太宰治 「鴎」
・・・われはしばらく思索にふけったふりをして眼を軽くつぶったり短い頭髪のふけを払い落したり、爪の色あいを眺めたりするのである。やがて、ペンを取りあげて書きはじめた。 ――フロオベエルはお坊ちゃんである。弟子のモオパスサンは大人である。芸術の美・・・ 太宰治 「逆行」
・・・物に拘泥しない、思索ということをしない、純血な人間に出来るだけの受用をする。いつも何か事あれかしと、居合腰をしているのである。 それだから金のいること夥だしい。定額では所詮足らない。尼寺のおばさん達が、表面に口小言を言って、内心に驚歎し・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 科学者の中にはただ忠実な個々のスケッチを作るのみをもって科学者本来の務めと考え、すべての総合的思索を一概に投機的とし排斥する人もあるかもしれない。また反対に零細のスケッチを無価値として軽侮する人もあるかもしれないが、科学というものの本・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・全くそのころの自分にとっては科学の研究は一つの創作の仕事であったと同時に、どんなつまらぬ小品文や写生文でも、それを書く事は観察分析発見という点で科学とよく似た研究的思索の一つの道であるように思われるのであった。 その後三十年に近い生涯の・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・それらの暗示のどれでも追求して行くとほとんど無限な思索の連鎖をたぐり寄せる事ができた。そしてそれらの考えがほとんど天啓ででもあるように強く明らかに、無条件に真であって、しかもいずれもが新しい卓見ででもあるように彼には思われた。新聞の三面記事・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・苦い真実を臆面なく諸君の前にさらけ出して、幸福な諸君にたとい一時間たりとも不快の念を与えたのは重々御詫を申し上げますが、また私の述べ来ったところもまた相当の論拠と応分の思索の結果から出た生真面目の意見であるという点にも御同情になって悪いとこ・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・に行かなかったのは余の幸であるかはた不幸であるか、考うること四十八時間ついに判然しなかった、日本派の俳諧師これを称して朦朧体という 忘月忘日 数日来の手痛き経験と精緻なる思索とによって余は下の結論に到着した自転車の鞍とペダルとは・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・ 題目の性質としては一気に読み下さないと、思索の縁を時々に切断せられて、理路の曲折、自然の興趣に伴わざるの憾はあるが、新聞の紙面には固より限りのある事だから、不都合を忍んで、これを一二欄ずつ日ごとに分載するつもりである。 この事情の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫