・・・芸術界も、やっぱり同じ生活競争であった。思考をやめよ! 負けては、ならぬ。どんぐりの背並べ。 一路、生活の、謂わば改善に努力して、昨今の私は、少し愚かしくさえなっている。行動は、つねに破綻の形式を執る。かならず一方に於いて、間抜けている・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・王子には、この育ちの違った野性の薔薇が、ただもう珍らしく、ひとつき、ふたつき暮してみると、いよいよラプンツェルの突飛な思考や、残忍なほどの活溌な動作、何ものをも恐れぬ勇気、幼児のような無智な質問などに、たまらない魅力を感じ、溺れるほどに愛し・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・であり「思考する色彩」であるかと思われるのである。 化学的薬品よりほかに薬はないように思われた時代の次には、昔の草根木皮が再びその新しい科学的の意義と価値とを認められる時代がそろそろめぐって来そうな傾向が見える。いよいよその時代が来るこ・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・あるいは、もう少し厳密にいえば、かりにそういう実験をしたらこういう結果が起こるでもあろうかという、一種の思考実験の結果の発表であるともいわれるであろう。そういう見方からすれば、この映画は、女子教育家や女児の心理の研究者にとってはなはだ特殊な・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・自分の目にはいわば一つの共産労働部落といったようなものに関する「思考実験」の報告とでもいったようなものが全編の中に織り込まれているように思われる。それでそういう事に特に興味のある人たちにはその点がおもしろいのかもしれないが主として詩と俳諧と・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・また反対に零細のスケッチを無価値として軽侮する人もあるかもしれないが、科学というものの本来の目的が知識の系統化あるいは思考の節約にあるとすれば、まずこれらのスケッチを集めこれを基として大きな製作をまとめ渾然たる系統を立てるのが理想であろう。・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・もちろん、数学の公理や論理はきわめて簡単明瞭であり、使用される概念も明確に制定されているに反して、言語による思考の場合では、これらのすべてのものが複雑に多義的であるから、一見同様な前提から多種多様な結論が生まれ出るように見える。しかし実際の・・・ 寺田寅彦 「数学と語学」
・・・ また一方において、数学の複雑な式の開展を充分に理解しないでしかも、アインシュタインがこの理論を構成する際に歩んで来た思考上の道程を、かなりに誤らずに通覧する事も必ずしも不可能ではないのである。不可能でないのみならずある程度までのある意・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・科学の場合には方則の普遍性とか思考の節約とかいう事が標準となって科学者の自然に対する見方を指導しその価値を定めて行くのである。これに比べて芸術家が自然に対する見方は非常に多様であり得る事は勿論である。科学者はなるたけ自分というものを捨ててか・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・今日に至るまでこれを思考することができなかったとすれば、恐くは死に至るまで、わたくしは依然として呉下の旧阿蒙たるに過ぎぬであろう。 わたくしは思想と感情とにおいても、両ながら江戸時代の学者と民衆とのつくった伝統に安んじて、この一生を終る・・・ 永井荷風 「西瓜」
出典:青空文庫