・・・なお又、年齢、戦争、歴史観の動揺、怠惰への嫌悪、文学への謙虚、神は在る、などといろいろ挙げる事も出来るであろうが、人の転機の説明は、どうも何だか空々しい。その説明が、ぎりぎりに正確を期したものであっても、それでも必ずどこかに嘘の間隙が匂って・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ 自分は、かつて聖書の研究の必要から、ギリシャ語を習いかけ、その異様なよろこびと、麻痺剤をもちいて得たような不自然な自負心を感じて、決して私の怠惰からではなく、その習得を抛棄した覚えがある。あの不健康な、と言っていいくらいの奇妙に空転し・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・何もしないさきから、僕は駄目だときめてしまうのは、それあ怠惰だ。」 晩ごはんが済んで、私は生徒たちと、おわかれしました。「大学へはいって、くるしい事が起ったら相談に来給え。作家は、無用の長物かも知れんが、そんな時には、ほんの少しだろ・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・サラリイマンは、また現われて、諦念と怠惰のよさを説く。姉は、母の心配を思え、と愚劣きわまる手紙を寄こす。そろそろと私の狂乱がはじまる。なんでもよい、人のやるなと言うことを計算なく行う。きりきり舞って舞って舞い狂って、はては自殺と入院である。・・・ 太宰治 「もの思う葦」
私の数ある悪徳の中で、最も顕著の悪徳は、怠惰である。これは、もう、疑いをいれない。よほどのものである。こと、怠惰に関してだけは、私は、ほんものである。まさか、それを自慢しているわけではない。ほとほと、自分でも呆れている。私・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・永遠に、怠惰に、眠たげに北方の馬市場を夢の中で漂泊いながら。 原田重吉が、ふいに夢の中へ跳び込んで来た。それで彼らのヴィジョンが破れ、悠々たる無限の時間が、非東洋的な現実意識で、俗悪にも不調和に破れてしまった。支那人は馳け廻った。鉄砲や・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ 外来ヨークシャイヤでも又黒いバアクシャイヤでも豚は決して自分が魯鈍だとか、怠惰だとかは考えない。最も想像に困難なのは、豚が自分の平らなせなかを、棒でどしゃっとやられたとき何と感ずるかということだ。さあ、日本語だろうか伊太利亜語だろうか・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・他人から労働を強制され、自分の喜びもなにもなく、暮さなければならないという人々の大きな層があって、その上に、ごく僅かな人たちが働かないで、怠惰に安楽に暮していました。それで、苦しみながら働いている人々が、自ら自分たちの人間らしい権利を求める・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・ 田舎素封家の漫画的鈍重さ、若い軽やかな妻の無内容な怠惰さ、そして職業婦人が或る皮肉をもって裸一貫であることを作者は諷刺しようとしたのかも知れないということは分るけれども、例えば職業婦人がその性格を発揮するのは職場での仕事においてである・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・さもなければ生きながら腐ってゆくような倦怠、怠惰、憂鬱とけちくささが、ゴーリキイの人生をとりまいていました。その中から、ゴーリキイがあのように立派に、人間らしくぬけ出て立つことが出来たのは、どういうわけでしたろうか。それは、少年の頃から、ゴ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイについて」
出典:青空文庫