・・・ ジゴマ帽から、目と口と丈け出した五人の怪物見たいな坑夫たちは、ベルが急調になって来て、一度中絶するのを、耳を澄まし、肩を張って待った。 ベルが段々調子を上げ、全で余韻がなくなるほど絶頂に達すると、一時途絶えた。 五人の坑夫たち・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・しかし社会事情の急調な動きは一つの必然として、自覚するとしないとにかかわらず、今日の婦人全体を新しい生活事情に導き入れており、そこではより社会的な規模で新しい生活能力の発揮されることを必要としており、新たな摩擦もおのずから生じて来ているので・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 一汗小母さんがかいて自分の賞品のわきへどくと、音楽は一寸止み、今度は火花の散るような急調な舞踏曲がはじまった。踊り達者で名うてのオリガが、重い防寒靴をはいているとは信じられない身軽さで、つと輪の真中にでた。機械工体育部水泳選手のドミト・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
・・・日本が、本当の自由主義時代を持たず、しかも急調に今日に至っていることに思い及べば、今日の或る種の女の中にあるこのようなポーズがどういう性質の歴史的混合物であるかは自ら明瞭ではないだろうか。 パラマウントが日本へ来て撮影して行った日本・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・小倉の雪の夜に、戸の外の静かな時、その伝便の鈴の音がちりん、ちりん、ちりん、ちりんと急調に聞えるのである。 それから優しい女の声で「かりかあかりか、どっこいさのさ」と、節を附けて呼んで通るのが聞える。植物採集に持って行くような、ブリキの・・・ 森鴎外 「独身」
・・・話を初めると美しいことばが美しい動作に伴なわれて、急調に、次から次へと飛び出して来る。 舞台に上る三時間は彼女の生活の幕間なのである。彼女は生活の全力を集めて舞台に尽くしているのではない。意味のあるのは舞台外の生活だ。……美しい手で確乎・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・時々あの高い声の独唱が繰り返されるのも、そのたびごとにいくらか合唱が急調になって行くのも、皆彼らの歓喜をあおるとともに、彼らの信仰を刺激し強めないではいない。音楽の力はただ仏の力として彼らに受け取られるのである。 音楽に陶酔した彼らは、・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫