・・・ 学校で席を並べていた同年の留吉は、一ヶ月ほど前、醸造場へ来たばかりだったが、勝気な性分なので、仕事の上では及ばぬなりにも大人のあとについて行っていた。彼は、背丈は、京一よりも低い位いだったが、頑丈で、腕や脚が節こぶ立っていた。肩幅も広・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・その最も甚しい時に、自分は悪い癖で、女だてらに、少しガサツなところの有る性分か知らぬが、ツイ荒い物言いもするが、夫はいよいよ怒るとなると、勘高い声で人の胸にささるような口をきくのも止めてしまって、黙って何も言わなくなり、こちらに対って眼は開・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・持って生れた旦那の性分はいくつに成っても変らなかった。旦那が再び自分の生れた家の門を潜る時は、日が暮れてからでなければそれが潜れなかった。そんな思いまでして帰って来た旦那でも、だんだん席が温まって来る頃には茶屋酒の味を思出して、復た若い芸者・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・酔いがさめると、私は、いつも、なかなか寝つかれない性分なのだ。どさんと大袈裟に音たてて寝て、また夕刊を読む。ふっと夕刊一ぱいに無数の卑屈な笑顔があらわれ、はっと思う間に消え失せた。みんな、卑屈なのかなあ、と思う。誰にも自信が無いのかなあ、と・・・ 太宰治 「鴎」
・・・に短剣を秘めていらっしゃる、いつもあなたは、あたしを冷く軽蔑していらっしゃる、ダイヤナね、あなたは、といつになく強く私を攻めますので私も、ごめんなさい、軽蔑なんかしてやしないわ、冷く見えるのは私の損な性分ね、いつでも人から誤解されるの、私ほ・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・近頃は西洋人も婦人まで草鞋にて登る由なりなどしきりに得意の様なりしが果ては問わず語りに人の難儀をよそに見られぬ私の性分までかつぎ出して少時も饒舌り止めず、面白き爺さんなり。程が谷近くなれば近き頃の横浜の大火乗客の話柄を賑わす。これより急行と・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・損得を考えられなくなるまで追いつめられた奴の中で、性分を持った奴がやるだけのもんだ。 監獄に放り込まれる。この事自体からして、余り褒めた気持のいい話じゃない。そこへ持って来て、子供二人と老母と嬶とこれだけの人間が、私を、この私を一本の杖・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・忽ち親み、忽ち疎ずるのが君の習で、咬み合せた歯をめったに開かず、真心を人の腹中に置くのが僕の性分であった。不遠慮に何にでも手を触れるのが君の流儀で、口から出かかった詞をも遠慮勝に半途で止めるのが僕の生付であった。この二人の目の前にある時一人・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・と主婦は顔をしかめながら、例の人の難儀をすてて置かれない性分で早速、医者を迎えた。今じきにあがりますと云いながら、夕方になっても来て呉れないので、家の者は、書生が悪いと云ったので一寸逃れをして居るのだろう、お医者なんて不親切なものだ・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・それは人々に対する深刻な冷淡さ、これが断然ゴーリキイの性分に合わぬ。しかし、ヤコヴはゴーリキイからお前は石だねと云われた時、ゴーリキイの心臓に注ぎ込まれて忘られぬ言葉を云った。「おかしな男だな! 石と来たか?――だが、お前は石をも可哀想・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫