・・・結婚せねばならぬという理屈でよくは性根もわからぬ人と人為的に引き寄せられて、そうして自ら機械のごときものになっていねばならぬのが道徳というものならば、道徳は人間を絞め殺す道具だ。二人は互いに手をとって涙の糸をより合わせ、これからさき神の恵み・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・お袋は念入りに肩を動かして、さも性根なしとののしるかの様子で女の方を見た。「何でも私に寄りかかっていさえすればいいと思って、だだッ子のように来てくれい、来てくれいと言ってよこすんです」「だッて、来てくれなきゃア仕方がないじゃアないか?」・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・おまえみたいな子供は、普通のことでは性根が直らない。」と、教師はいって、いろいろ頭の中で、その子供を苦しめる方法を考えました。いままで晩留めにしたり、立たせたり、むちでうったことは、たびたびあったけれど、なんの役にも立たなかったのであります・・・ 小川未明 「教師と子供」
・・・「子供でも出来たら、ちっとは、性根を入れて働くようになろうか。」 飯を食って、野良へ出てから母は云った。兄はまだ、妻の部屋でくず/\していた。「たいがい、伊三郎では、何ンにも働くことを習わずに遊んで育った様子じゃないか。」「・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・しかも身分がよかったり、金があったりするものに、よくこう云う性根の悪い奴があるものだ」「しかも、そんなのに限って皮がいよいよ厚いんだろう」「体裁だけはすこぶる美事なものさ。しかし内心はあの下女よりよっぽどすれているんだから、いやにな・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・手足の上げおろしを細々と、やかましくいって、肝腎の性根に及ばない躾は、最悪です。 今日男女の青年たちの或るものが、形式ばった挨拶だけは上手で、一向に公徳心も、若者らしいやさしさもない心でいるのは、形式一点ばりであった軍事的教育の害悪です・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・もしも彼女が、上成績で学位をとったことを、これから安楽な奥さん生活を営むためにより有利な条件として利用しようとでもする俗っぽい性根であったなら、決してピエール・キュリーのような天才的な、創意にみちた科学者の人柄と学問の立派さを理解することは・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・ そのときは、もう十六ではなかったし、仮にも大学というところで、校長はあんなに自由とか天才とかいうくせに、何たるけちくさい性根であろう、と大いに腹を立ててそんな校風なら髪は直さないが運動会へなんか来ない、と行かなかったこともあったりした・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・などと云う時、ははんと寥しいのは、私の性根がひねくれているのだろうか? 奈良の僧侶の多くの者は、祖先の遺産が沢山すぎ立派すぎて或る点スポイルされていると私は思った。種々な人間が、天平、弘仁の造形美術の傑作を研究し、観賞しに奈良を訪ねる。・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・孜々として鼻息をうかがっているものなのだそうであるが、リオンスはそういう皮肉そうな言葉づかいでとりもなおさず自身の事大主義的な性根を暴露しているのである。 そうかと思うと、勝野金政の小説がのっており、私はこの小説がどんな意企で、なんのた・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
出典:青空文庫