・・・ 道太は何をするともなしに、うかうかと日を送っていたが、お絹とおひろの性格の相違や、時代の懸隔や、今は一つ家にいても、やがてめいめい分裂しなければならない運命にあることも、お絹が今やちょうど生涯の岐路に立っているような事情も、ほぼ呑みこ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・わかるのは小野の性格の厭なところが、まるでそこだけつつきだされるように、きわだって現われてきたことであった。 小野は三吉より三つ年上で、郵便配達夫、煙草職工、中年から文選工になった男で、小学三年までで、図書館で独学し、大正七年の米暴動の・・・ 徳永直 「白い道」
・・・『今戸心中』が明治文壇の傑作として永く記憶せられているのは、篇中の人物の性格と情緒とが余す所なく精細に叙述せられているのみならず、また妓楼全体の生活が渾然として一幅の風俗画をなしているからである。篇中の事件は酉の市の前後から説き起されて・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・三人はいかなる身分と素性と性格を有する? それも分らぬ。三人の言語動作を通じて一貫した事件が発展せぬ? 人生を書いたので小説をかいたのでないから仕方がない。なぜ三人とも一時に寝た? 三人とも一時に眠くなったからである。・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・僕がポオやドストイェフスキイに牽引されるのも、つまりは彼等の中に、異常性格者的なデカダンスがあるために外ならない。僕のやうな人間が、もし自然のままの傾向で惰力して行つたら、おそらく辻潤や高橋新吉のやうな本格的のダダイストになつたにちがひない・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・しかし、鈍魚という字が面白く、また、ドンコの性格をよくあらわしているので、私は東京阿佐ヶ谷の寓居に「鈍魚庵」という名をつけている。正式にはドンギョあんであるが、ドンコあんと読まれてもさしつかえないことにしている。 ドンコはいくら下手でも・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・ツルゲーネフの作物、就中『ファーザース・エンド・チルドレン』中のバザーロフなんて男の性格は、今でも頭に染み込んでいる。その他チェルヌイシェーフスキー、ヘルツェン、それから露国の作家じゃないがラッサール、これらはよく読んだものだ。 勿論、・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ 今日の心情は、その今日の性格において愛と死の問題をわが生の意義の上に悩み、感じ、知りたいと思っているのだと思う。この小説が後半まで書き進められたとき、作者の心魂に今日のその顔が迫ることはなかったのだろうか。愛と死の現実には、歴史が響き・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・さてその前後左右に綺羅星の如くに居並んでいる人々は、遠目の事ゆえ善くは見えぬが、春陽堂の新小説の宙外、日就社の読売新聞の抱月などという際立った性格のある頭が、肱を張って控えて居るだけは明かに見える。此等は随分博文館の天下をも争いかねぬ面魂で・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・私の個性は性格は私の宿命です。どういう樹になるかは知らないが、芽はすでに出ているのです、伸びつつあるのです。芽の内に花や実の想像はつかないとしても、その花や実がすでに今準備されつつある事は確かです。今はただできるだけ根を張りできるだけ多く養・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫