・・・「職人の方は、大怪我をしたようです。それでも、近所の評判は、その丁稚の方が好いと云うのだから、不思議でしょう。そのほかまだその通町三丁目にも一つ、新麹町の二丁目にも一つ、それから、もう一つはどこでしたかな。とにかく、諸方にあるそうです。・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・前に馴染だった鳥屋の女中に、男か何か出来た時には、その女中と立ち廻りの喧嘩をした上、大怪我をさせたというじゃありませんか? このほかにもまだあの男には、無理心中をしかけた事だの、師匠の娘と駈落ちをした事だの、いろいろ悪い噂も聞いています。そ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・この蟹はある時自分の穴へ、同類の肉を食うために、怪我をした仲間を引きずりこんだ。クロポトキンが相互扶助論の中に、蟹も同類を劬ると云う実例を引いたのはこの蟹である。次男の蟹は小説家になった。勿論小説家のことだから、女に惚れるほかは何もしない。・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・もし妻に怪我でもあったのではなかったか――彼れは炉の消えて真闇な小屋の中を手さぐりで妻を尋ねた。眼をさまして起きかえった妻の気配がした。「今頃まで何所さいただ。馬は村の衆が連れて帰ったに。傷しい事べおっびろげてはあ」 妻は眠っていな・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ともかく私たちは幸に怪我もなく、二日の物憂い旅の後に晩秋の東京に着いた。 今までいた処とちがって、東京には沢山の親類や兄弟がいて、私たちの為めに深い同情を寄せてくれた。それは私にどれ程の力だったろう。お前たちの母上は程なくK海岸にささや・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・――自動車に轢かれたほど、身体に怪我はあるでしゅが、梅雨空を泳ぐなら、鳶烏に負けんでしゅ。お鳥居より式台へ掛らずに、樹の上から飛込んでは、お姫様に、失礼でっしゅ、と存じてでっしゅ。」「ほ、ほう、しんびょう。」 ほくほくと頷いた。・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・どうかしてるぜ、憑ものがしたようだ、怪我をしはしないか、と深切なのは、うしろを通して立ったまま見送ったそうである。 が、開き直って、今晩は、環海ビルジングにおいて、そんじょその辺の芸妓連中、音曲のおさらいこれあり、頼まれました義理かたが・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・草に縋って泣いた虫が、いまは堪らず蟋蟀のように飛出すと、するすると絹の音、颯と留南奇の香で、もの静なる人なれば、せき心にも乱れずに、衝と白足袋で氈を辷って肩を抱いて、「まあ、可かった、怪我をなさりはしないかと姉さんは心配しました。」少年はあ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・人通りのない時、よしんば出来心にしろ、石でもほうり込まれ、怪我でもしたらつまらないと思い、起きあがって、窓の障子を填め、左右を少しあけておいて、再び枕の上に仰向けになった。 心が散乱していて一点に集まらないので、眼は開いたページの上に注・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・病気をさせない心配から、病気になった時の心配、また、怪我をさせないように注意することから、友達の選択や、良い習慣をつけなければならぬことに気を労する等、一々算えることができないでありましょう。ある時は、それがために、子供を持たない人々を幸福・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
出典:青空文庫