・・・これは時には宇野浩二に怪物の看を与えるかも知れない。しかし其処に独特のシャルム――たとえば精神的カメレオンに対するシャルムの存することも事実である。 宇野浩二は本名格二郎である。あの色の浅黒い顔は正に格二郎に違いない。殊に三味線を弾いて・・・ 芥川竜之介 「格さんと食慾」
・・・僕らは玄関の前にたたずんだまま、しばらくこの建築よりもむしろ途方もない怪物に近い稀代の大寺院を見上げていました。 大寺院の内部もまた広大です。そのコリント風の円柱の立った中には参詣人が何人も歩いていました。しかしそれらは僕らのように非常・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 英雄は古来センティメンタリズムを脚下に蹂躙する怪物である。金将軍はたちまち桂月香を殺し、腹の中の子供を引ずり出した。残月の光りに照らされた子供はまだ模糊とした血塊だった。が、その血塊は身震いをすると、突然人間のように大声を挙げた。・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・が、彼の心の目は人生の底にある闇黒に――そのまた闇黒の中にいるいろいろの怪物に向っていた。「わたくしの一存にとり計らいましても、よろしいものでございましょうか?」「うむ、上を欺いた……」 それは実際直孝には疑う余地などのないこと・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・死は×××××にしても、所詮は呪うべき怪物だった。戦争は、――彼はほとんど戦争は、罪悪と云う気さえしなかった。罪悪は戦争に比べると、個人の情熱に根ざしているだけ、×××××××出来る点があった。しかし×××××××××××××ほかならなかっ・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・おばあさまの影法師が大きくそれに映って、怪物か何かのように動いていた。ただおばあさまがぼくに一言も物をいわないのが変だった。急に唖になったのだろうか。そしていつものようにはかわいがってくれずに、ぼくが近寄ってもじゃま者あつかいにする。 ・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・全くあんな怪物の前に行くと薄気味の悪いもんだね。そうしたら堂脇が案外やさしい声で、「失礼ながらどちらでご勉強です、たいそうおみごとだが」と切り出した。僕は花田に教えられたとおり、自分の画なんかなんでもないが、昨日死んだ仲間の画は実に大したも・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ もしそこへ出たのが、当り前の人間でなくて、昔話にあるような、異形の怪物であっても、この刹那にはそれを怪み訝るものはなかったであろう。まだ若い男である。背はずっと高い。外のものが皆黒い上衣を着ているのに、この男だけはただ白いシャツを着て・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・そこにいて、さっきから獲物をねらっていた、恐ろしい怪物に気がつかなかったのでした。「私は、おまえをとろうとは思っていない。私は、いまなにもたべたくない。静かに、昔のことを思っていたのだ。春から夏にかけては、私たち、生物は、だれもかれも幸・・・ 小川未明 「冬のちょう」
・・・何千年も前に、既に地球上から影を消したものとばかり思われていた古代の怪物が、生きてのそのそ歩いている、ああ、ニッポンに大サンショウウオ生存す、と世界中の学界に打電いたしました。世界中の学者もこれには、めんくらった。うそだろう、シーボルトとい・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
出典:青空文庫