・・・私には、正確な記憶が無い。 井伏さんも酔わず、私も酔わず、浅く呑んで、どうやら大過なく、引き上げたことだけはたしかである。 井伏さんと早稲田界隈。私には、怪談みたいに思われる。 井伏さんも、その日、よっぽど当惑した御様子で、私と・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ても居られぬほどの貴き苦悶を、万々むりのおねがいなれども、できるだけ軽く諸君の念頭に置いてもらって、そうして、その地獄の日々より三年まえ、顔あわすより早く罵詈雑言、はじめは、しかつめらしくプウシキンの怪談趣味について、ドオデエの通俗性につい・・・ 太宰治 「喝采」
・・・からっぽであった。怪談に似ている。 その二・二六事件の反面に於いて、日本では、同じ頃に、オサダ事件というものがあった。オサダは眼帯をして変装した。更衣の季節で、オサダは逃げながら袷をセルに着換えた。 × どうなる・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・数学は、あまり得意じゃないんだ。怪談が、一ばん好きだ。でもね、おばけの出方には、十三とおりしか無いんだ。待てよ、提燈ヒュウのモシモシがあるから、十四種類だ。つまらないよ。」 わけの判らぬような事を、次から次と言いつづけるのであるが私は一・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・いわんや、焼酎など、怪談以外には出て来ない。 変れば変る世の中である。 私がはじめて、ひや酒を飲んだのは、いや、飲まされたのは、評論家古谷綱武君の宅に於てである。いや、その前にも飲んだ事があるのかも知れないが、その時の記憶がイヤに鮮・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・それから、これは怪談ではないけれど、「久原房之助」の話、おかしい、おかしい。 午後の図画の時間には、皆、校庭に出て、写生のお稽古。伊藤先生は、どうして私を、いつも無意味に困らせるのだろう。きょうも私に、先生ご自身の絵のモデルになるよう言・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・君は怪談を好むたちだね?」「ええ、好きですよ。なによりも、怪談がいちばん僕の空想力を刺激するようです」「こんな怪談はどうだ」馬場は下唇をちろと舐めた。「知性の極というものは、たしかにある。身の毛もよだつ無間奈落だ。こいつをちらとでも・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・子供の頃、私は怪談が好きで、おそろしさの余りめそめそ泣き出してもそれでもその怪談の本を手放さずに読みつづけて、ついには玩具箱から赤鬼のお面を取り出してそれをかぶって読みつづけた事があったけれど、あの時の気持と実に似ている。あまりの恐怖に、奇・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ それからずっと後に同じ著者の「怪談」を読んだときもこれと全く同じような印象を受けたのであった。 今度小山書店から出版された「妖魔詩話」の紹介を頼まれて、さて何か書こうとするときに、第一に思い出すのはこの前述の不思議な印象である。従・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・この点では論語や聖書も同じことであるのみならず、こういう郷土的色彩の濃厚な怪談やおどけ話の奧の方にはわれらとは切っても切れない祖先の生活や思想で彩られた背景がはっきりと眺められるのであるから、こういう話を繰返し聞かされている間にわれわれの五・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
出典:青空文庫