・・・眼がさめたのだ、洞穴はまだまっ暗で恐らくは十二時にもならないらしかった。そこで楢ノ木大学士は一つ小さなせきばらいをしまだ雷竜がいるようなのでつくづく闇をすかして見る。外ではたしかに涛の音「なあんだ。馬鹿に・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・この世界に行わるる吾等の善なるものは畢竟根のない木であると、これは恐らくは如来のみ力を受けずして善はあることないという意味であろう私もそう信ずる。その次にこれは斯うなればよろしいとかこれはこうでなければいけないとかそんなものは何にもならない・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・私はニイチャの哲学が恐らくは裁判長から暗示を受けているものであることを主張する。」 みんなが一度に叫びました。「ブラボオ、ネネム裁判長。ブラボオ、ネネム裁判長。」 ネネムはしずかに笑って居りました。その得意な顔はまるで青空よりも・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・生きながら姿で埋められた一人の兵卒の銃口が叢が茂った幾星霜の今日もなお現れていて、それを眺めた人々は思わずも惻隠の情をうごかされ、恐らくはそこに膝をついて、その銃口を撫でてやるのであろう。 茫々としたいら草の間にその小さい円い口は光りを・・・ 宮本百合子 「金色の口」
・・・仰々しい見出しで、恐らくは写真までをのせて書き立てた新聞記事によって動乱したらしい外の様子も手にとるように察しられる。 ヤスの生家は×県の富農で、本気なところのある娘だがこういう場合になると、何と云っても真のがんばりはきかない。階級性と・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 知人のある弁護士は娘さん二人をもっていて、恐らくは種々に考え観察された結果だろう。二人とも廃嫡して結婚させた。その通知には、本人の幸福のため廃嫡して結婚致させたるものに御座候という文面が添えがきされていた。 慈悲ある親は、戸主にな・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・だが、恐らくは、女高師を卒業して一年か二年という頃、先生のお年は二十五六から七八という時代ではなかったのだろうか。そして、思えば、先生がいつとはなしに私に及ぼしたああいう深い人間的な感銘と、よりよい人生への願いはとりも直さず、若かった先生が・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ 父伊兵衛は恐らくは帳簿と書出とにしか文字を書いたことはあるまい。然るに竜池は秦星池を師として手習をした。狂歌は初代弥生庵雛麿の門人で雛亀と称し、晩年には桃の本鶴廬また源仙と云った。また俳諧をもして仙塢と号した。 父伊兵衛は恐らくは・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・ それを客の方から頼んで二度話して貰ったものは、恐らくは僕一人であろう。それは好く聞いて覚えて置いて、いつか書こうと思ったからである。 お金はあの頃いくつ位だったかしら。「おばさん、今晩は」なんと云うと、「まあ、あんまり可哀そうじゃ・・・ 森鴎外 「心中」
・・・ソシアリティの本義も恐らくはここである。深山に俗塵を離れて燎乱と咲く桜花が一片散り二片散り清けき谷の流れに浮かびて山をめぐり野を越え茫々たる平野に拡がる。深山桜は初めてありがたい。人の世を超越して宇宙の神秘を直覚したる心霊は衆を化し群を悟ら・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫