・・・「そう云われると恐れ入るが、とにかくあの時は弱ったよ。おまけにまた乗った船が、ちょうど玄海へかかったとなると、恐ろしいしけを食ってね。――ねえ、お蓮さん。」「ええ、私はもう船も何も、沈んでしまうかと思いましたよ。」 お蓮は田宮の・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・「ハハハハこりゃ少し恐れ入るな。意外な所で、然も意外な小言を聞いたもんだ。岡村君、時代におくれるとか先んずるとか云って騒いでるのは、自覚も定見もない青臭い手合の云うことだよ」「青臭いか知らんが、新しい本少しなり読んでると、粽の趣味な・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・立派な句には、ただ、恐れ入るばかりである。凡兆も流石に不機嫌になった。冷酷な表情になって、 能登の七尾の冬は住憂き と附けた。まったく去来を相手にせず、ぴしゃりと心の扉を閉ざしてしまった。多少怒っている。カチンと堅い句だ。石こ・・・ 太宰治 「天狗」
・・・本来なら向が恐れ入るのが人間だろうじゃないか、君」「無論それが人間さ。しかし気違の豆腐屋なら、うっちゃって置くよりほかに仕方があるまい」 圭さんは再びふふんと云った。しばらくして、「そんな気違を増長させるくらいなら、世の中に生れ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫