・・・渠は恐懼て日光を見ず、もし強いて戸を開きて光明その膚に一注せば、渠は立処に絶して万事休まむ。 光を厭うことかくのごとし。されば深更一縷の燈火をもお貞は恐れて吹消し去るなり。 渠はしかく活きながら暗中に葬り去られつ。良人を殺せし妻なが・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・忠君忠義――忠義顔する者は夥しいが、進退伺を出して恐懼恐懼と米つきばったの真似をする者はあるが、御歌所に干渉して朝鮮人に愛想をふりまく悧口者はあるが、どこに陛下の人格を敬愛してますます徳に進ませ玉うように希う真の忠臣があるか。どこに不忠の嫌・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・却説去廿七日の出来事は実に驚愕恐懼の至に不堪、就ては甚だ狂気浸みたる話に候へ共、年明候へば上京致し心許りの警衛仕度思ひ立ち候が、汝、困る様之事も無之候か、何れ上京致し候はば街頭にて宣伝等も可致候間、早速返報有之度候。新年言志・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫