・・・だが甚太夫ほどの侍も、敵打の前にはうろたえて、旅籠の勘定を誤ったとあっては、末代までの恥辱になるわ。その方は一足先へ参れ。身どもは宿まで取って返そう。」――彼はこう云い放って、一人旅籠へ引き返した。喜三郎は甚太夫の覚悟に感服しながら、云われ・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・これは両親たる責任上、明らかに恥辱と云わなければならぬ。しかし我々の両親や教師は無邪気にもこの事実を忘れている。尊徳の両親は酒飲みでも或は又博奕打ちでも好い。問題は唯尊徳である。どう云う艱難辛苦をしても独学を廃さなかった尊徳である。我我少年・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・「ここに起立しているのは恥辱であります。」 下士は低い声に頼みつづけた。「それはお前の招いたことだ。」「罰は甘んじて受けるつもりでおります。ただどうか起立していることは」「ただ恥辱と云う立てまえから見れば、どちらも畢竟同・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・「だって、こんな池で助船でも呼んでみたが可い、飛んだお笑い草で末代までの恥辱じゃあないか、あれお止しよ。」 と言うのに、――逆について船がぐいと廻りかけると、ざぶりと波が立った。その響きかも知れぬ。小さな御幣の、廻りながら、遠くへ離・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・「こんな立派な建築を雨晒しにして置くはひどいなあ、近郷に人のない証拠だ、この郡の恥辱だ、随分思い切ったもんだ、県庁あたりでもどうにかしそうなもんだ、つまり千葉県人の恥辱だ、ひどいなあ」 省作はこんなことをひとりで言って、待ち合せる恋・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・恋、惑、そして恥辱、夢にも現にもこの苦悩は彼より離れない。 或時は断然倉蔵に頼んで窃かに文を送り、我情のままを梅子に打明けんかとも思い、夜の二時頃まで眠らないで筆を走らしたことがある、然し彼は思返してその手紙を破って了った。こういう風で・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・彼らは各自の境遇から、天寿をたもち、もしくは病気で死ぬことすらも恥辱なりとして戦死をいそいだ。そして、ともに幸福・満足を感じて死んだ。そしてまた、いずれも真にいわゆる「名誉の戦死」であった。 もし赤穂浪士をゆるして死をたもうことがなかっ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・が其を忌わしく恐るべしとするのは何故ぞや、言う迄もなく死刑に処せられるのは必ず極悪の人、重罪の人たることを示す者だと信ずるが故であろう、死刑に処せらるる程の極悪・重罪の人たることは、家門の汚れ、末代の恥辱、親戚・朋友の頬汚しとして忌み嫌われ・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・何事に於いても負けたくない先生のことだから、あの水族館に於ける恥辱をすすごうとして、暮夜ひそかに動物学の書物など、ひもどいてみた様子である。私の顔を見るなり、「なんだ、こないだの一物は、あれは両棲類中の有尾類。」わかり切ったような事を、・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・私は、ひとの恥辱となるような感情を嗅ぎわけるのが、生れつき巧みな男であります。自分でもそれを下品な嗅覚だと思い、いやでありますが、ちらと一目見ただけで、人の弱点を、あやまたず見届けてしまう鋭敏の才能を持って居ります。あの人が、たとえ微弱にで・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
出典:青空文庫