・・・ 石井翁は一年前に、ある官職をやめて恩給三百円をもらう身分になった。月に割って二十五円、一家は妻に二十になるお菊と十八になるお新の二人娘で都合四人ぐらし、銀行に預けた貯金とても高が知れてるから、まず食って行けないというのが世間並みである・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・「看護長殿、福地、なんぼ恩給がつきます?」 栗本には思いがけないことだった。彼は開けさしの袋をベッドにおいたまゝボンやりしていた。「お前階級は何だい?」 恩給がほしさに、すべてを軍隊で忍耐している。そんな看護長だった。恩給の・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・先生は又、あの塾で一緒に仕事をしている大尉が土地から出た軍人だが、既に恩給を受ける身で、読みかつ耕すことに余生を送ろうとして、昔懐しい故郷の城址の側に退いた人であることを話した。「正木さんでも、私でも――矢張、この鉱泉の株主ということに・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・先生はこれからさき、日本政府からもらう恩給と、今までの月給の余りとで、暮らしてゆくのだが、その月給の余りというのは、天然自然にできたほんとうの余りで、用意の結果でもなんでもないのである。 すべてこんなふうにでき上がっている先生にいちばん・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・重そうに引張り出す、不平なるは力を出して上からウンと押して見るとギーと鳴る事なり、伏して惟れば関節が弛んで油気がなくなった老朽の自転車に万里の波濤を超えて遥々と逢いに来たようなものである、自転車屋には恩給年限がないのか知らんとちょっと不審を・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・英国の王家が月桂詩人の称号をスウィンバーンに与えないで、オースチンに年々二、三百磅の恩給を贈るのは、単に王家がこの詩人に対する好悪の表現と見ればそれまでである。けれども国家の与うべき報酬は、一銭一厘たりとも好悪によって支配さるべきではない。・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・残っている者は旧藩の士族で、いくらかの恩給をもらっている廃吏ばかりになった。 なぜかなら、その村は、殿様が追い詰められた時に、逃げ込んで無理にこしらえた山中の一村であったから、なんにも産業というものがなかった。 で、中学の存在によっ・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・その着こなしも風采も恩給でもとっている古い役人という風だった。蕗を泉に浸していたのだ。(青金の鉱山できいて来たのですが、何でも鉱山の人たちなども泊 老人はだまってしげしげと二人の疲れたなりを見た。二人とも巨きな背嚢をしょって地図・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・善良なエフレイノフと更に勉強だけに没頭している弟とには、貧しい恩給暮しの母親が、どんなからくりをして、息子二人と、どこの誰ともはっきりしない体の大きい、粗野な若者を食わしているのか一向に分らない。が、ゴーリキイは最初の日から母親の面している・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 四 恩給と未亡人 一応もっともだが、さて…… 三日の朝、都新聞をひろげていたら、一つの記事が女である私に特別な注意をひきよせた。それは学校教員・警察官その他待遇職員の未亡人たちが遺族・・・ 宮本百合子 「私の感想」
出典:青空文庫