・・・しかしながらまた目の前の母が、悔悟の念に攻められ、自ら大罪を犯したと信じて嘆いている愍然さを見ると、僕はどうしても今は民子を泣いては居られない。僕がめそめそして居ったでは、母の苦しみは増すばかりと気がついた。それから一心に自分で自分を励まし・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・三郎は泣く泣く悔悟をちかわされた。三郎にとって、これが嘘のしはじめであった。 そのとしの夏、三郎は隣家の愛犬を殺した。愛犬は狆であった。夜、狆はけたたましく吠えたてた。ながい遠吠えやら、きゃんきゃんというせわしない悲鳴やら、苦痛に堪えか・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ とのさまがえるはホロホロ悔悟のなみだをこぼして、「ああ、みなさん、私がわるかったのです。私はもうあなた方の団長でもなんでもありません。私はやっぱりただの蛙です。あしたから仕立屋をやります。」 あまがえるは、みんなよろこんで、手・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・大へん悔悟したような顔はしていましたが何だかどこか噴き出したいのを堪えていたようにも見えました。しょんぼり壇に登って来て「悔悟します。今日から私もビジテリアンになります。」と云って今の青年の手をとったのでした。みんなは実にひどく拍手しま・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・のように、貪婪な伯父が幽霊に脅かされて翻然悔悟し、親切者となるようなことがあるならば、いわばこの世の不幸は不幸といわれないのではないだろうか。ギャングにさらわれ、波瀾の激しい日を送りながらも心の浄い少年が、ついに助け出され巨大な遺産を相続し・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
出典:青空文庫