・・・一度恐れざれば汝らは神の恩恵によりて心の眼さとく生れたるものなることを覚るべし」 クララは幾度もそこを読み返した。彼女の迷いはこの珍らしくもない句によって不思議に晴れて行った。そしてフランシスに対して好意を持ち出した。フランシスを弁・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ いま、それ等が、いかに愚であったかということと悟るのであります。英雄も、天才もたゞ真実に生きる人間という以外に、何ものもなかった筈です。 この頃に至って、私は、ようやく虚名からも、また利欲からも、心を煩わされなくなりました。たゞ、・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
・・・もっときけばなんでも教えてくれるのであったが、松の木は、自らは経験のないことで、ただ渡り鳥のする話をきいて、世の中の広いということを悟るだけです。「なぜ、私は、あなたのような鳥に生まれてこなかったんでしょう。」と、松の木がいいますと、・・・ 小川未明 「曠野」
・・・と、吉坊は、いくら頼んでもむだなことを悟ると、歎息をしました。そのくせ、父親は金があれば、すぐに酒を飲んでしまうことを知っていたのです。 吉坊は、外へ出ると、友だちが自転車に乗って、愉快そうに走っているのを、うらやましそうにながめていま・・・ 小川未明 「父親と自転車」
・・・ そう小田は悟ると、自分の行為までが顧みられて、これから、自分も、ほんとうの正しい、強い人間になろうと決心したのでした。 小川未明 「笑わなかった少年」
・・・と思ってしまったのだと吉田は悟ることができた。そして咳がふいに心臓の動悸を高めることがあるのは吉田も自分の経験で知っていた。それで納得のいった吉田ははじめてそうではない旨を返事すると、その女はその返事には委細かまわずに、「その病気に利く・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・すると先生やるなら勝手にやり給え、君もも少しすると悟るだろう、要するに理想は空想だ、痴人の夢だ、なんて捨台辞を吐いて直ぐ去って了った。取残された僕は力味んではみたものの内内心細かった、それでも小作人の一人二人を相手にその後、三月ばかり辛棒し・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・八千円ばかりの金高から百円を帳面で胡魔化すことは、たとい自分に為し得ても、直ぐ後で発覚る。又自分にはさる不正なことは思ってみるだけでも身が戦えるようだ。自分が弁償するとしてその金を自分は何処から持て来る? 思えば思うほど自分はどうして可・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・そういうすぐれた作者の作品を読むときにわれわれはその作の主人公のすべての行為が実に動かすべからざる方則のもとに必然な推移をとっていることを悟るであろう。「運命」はすなわち「方則」の別名なのである。 また、ある少女が思春期以前に暴行を受け・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・第百三十七段の前半を見れば、心の自由から風流俳諧の生まれる所以を悟ることが出来よう。 このような思想はまた一面において必然的に仏教の無常観と結合している。これは著者が晩年に僧侶になったためばかりでなく大体には古くからその時代に伝わったも・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
出典:青空文庫