・・・それが少しひどくなって来ると、自分が何かしらもっと積極的な悪事を犯していて、今にもその応報を受けるべき時節が到来しそうな心持ちになる。これがもう一歩進むと立派な精神病になるのだが幸いにそこまでにはならない。そうしてこういう時はちょっと風呂に・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・もし何か自分の悪事が見付かって罰せられそうになると、大急ぎでその毒を仰いで自決をしようとする。これは存外見上げたものだと思われる。ところが困った事にはそういう罪人をつかまえる為政者の方でもちゃんとそれを承知しているから、あらかじめ犬の糞を用・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・無用の徒事である。悪事である。しかし世に徒事の多きは啻にこの事のみではない。酒を買って酔を催すのも徒事である。酔うて人を罵るに至っては悪事である。烟草を喫するのもまた徒事。書を購って読まざるもまた徒事である。読んで後記憶せざればこれもまた徒・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・唖々子は高等学校に入ってから夙くも強酒を誇っていたが、しかしわたしともう一人島田という旧友との勧める悪事にはなかなか加担しなかった。然るにその夜突然この快挙に出でたのを見て、わたしは覚えず称揚の声を禁じ得なかったのだ。「何の本だ。」とき・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・依て窃に案ずるに、本文の初に子なき女は去ると先ず宣言して、文の末に至り、妾に子あれば去るに及ばずと前後照応して、男子に蓄妾の余地を与え、暗々裡に妻をして自身の地位を固くせんが為め、蓄妾の悪事たるを口に言わずして却て之を夫に勧めしむるの深意な・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・いかにも人間社会の一大悪事にして、これを救わんとするの議論は誠に貴ぶべしといえども、未だよくこの悪事の原因を求め尽したる者にあらざるが如し。そもそも一国の政府にもせよ、また会社にもせよ、その処置に専制の行わるるは何ぞや。必ずしも一人の君主ま・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・ただし飲酒は一大悪事、士君子たる者の禁ずべきものなれば、その入費を用意せざるはもちろんなれども、魚肉を喰らわざれば、人身滋養の趣旨にもとり、生涯の患をのこすことあるゆえ、おりおりは魚類獣肉を用いたきものなり。一ヶ月六両にては、とても肉食の沙・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾新議」
・・・即ち双方の胸に一物あることにして、其一物は固より悪事ならざるのみか、真実の深切、誠意誠心の塊にても、既に隠すとありては双方共に常に釈然たるを得ず、之を彼の骨肉の親子が無遠慮に思う所を述べて、双方の間に行違もあり誤解もありて、親に叱られ子に咎・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・咎むるものなく、ただに法律に問わざるのみならず習俗の禁ぜざる所なれば、社会の上流良家の主人と称する者にても、公然この醜行を犯して愧ずるを知らず、即ち人生居家の大倫を紊りたるものにして、随って生ずる所の悪事は枚挙に遑あらず、その余波引いて婚姻・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・対象になったのは道徳的の無知無反省と教養の欠乏とのために、自分のしている恐ろしい悪事に気づかない人でした。彼は自分の手である人間を腐敗させておきながら、自分の罪の結果をその人のせいにして、ただその人のみを責めました。彼は物的価値以外を知らな・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫