・・・ チルナウエルの旅程が遠くなればなる程、跡に残っている連中の悪口はひどくなる。もう幾月か立ったので、なんに附けても悪く言う。葉書が来ない。そりゃ高慢になった。来た。そりゃ見せびらかす。チルナウエルの身になっては、どうして好いか分からない・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・これが一日ベルリンのフィルハーモニーで公開の弾劾演説をやって無闇な悪口を並べた。中に物理学者と名のつく人も一人居て、これはさすがに直接の人身攻撃はやらないで相対原理の批判のような事を述べたが、それはほとんど科学的には無価値なものであった。要・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・「二度ばかり、松山の伯父さんとこへお尋ねしたそうですが、青木さんが叔父さんに逢ってお話したいそうですがいずれ私たちの悪口でしょうと思いますけれど」 道太はそれは逢ってもいいと思った。幸いに彼の話を受け容れることができさえすれば、道太・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・永代の橋の上で巡査に咎められた結果、散々に悪口をついて捕えられるなら捕えて見ろといいながら四、五人一度に橋の欄干から真逆様になって水中へ飛込み、暫くして四、五間も先きの水面にぽっくり浮み出して、一同わアいと囃し立てた事なぞもあった。・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・そうしてところどころで悪口を云われる男である。自分が悪口を云われる口惜し紛れに他人の悪口を云うように取られては、悪口の功力がないと心得て今日まで謹慎の意を表していた。しかし花袋君の説を拝見してちょっと弁解する必要が生じたついでに、端なく独歩・・・ 夏目漱石 「田山花袋君に答う」
・・・しかし仲間同志の悪口をいうたという事については、予は何処までも責任を帯びておる。元来悪口をつく事は善くない事であるが、去りとて陰でばかり悪口をついておるのはなお善くないと思う。其処で悪口は悪口としてさらけ出して見たのは善いが、そうなるとまた・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・君のうただって悪口ともかぎらない。よろしい。はじめ。」 柏の木は足をぐらぐらしながらうたいました。「清作は、一等卒の服を着て 野原に行って、ぶどうをたくさんとってきた。 と斯うだ。だれかあとをつづけてくれ。」「ホウ、ホウ・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・ 政子さんは芳子さんの悪口を云う人と仲よしになるのは何だかすまないような心持もしながら、それでも嬉しがらずにはいられませんでした。 先生のお手伝をして、理科の標本室から教室を往復していた芳子さんは、こんな話が、友子さんと政子さん・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・ 木村は日出新聞の三面で、度々悪口を書かれている。いつでも「木村先生一派の風俗壊乱」という詞が使ってある。中にも西洋の誰やらの脚本をある劇場で興行するのに、木村の訳本を使った時にこのお極りの悪口が書いてあった。それがどんな脚本かと云うと・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ ある時私は友人と話している内に、だんだん他の人の悪口を言い出した事がありました。対象になったのは道徳的の無知無反省と教養の欠乏とのために、自分のしている恐ろしい悪事に気づかない人でした。彼は自分の手である人間を腐敗させておきながら、自・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫