・・・しまいには飼い主のお松にさえ、さんざん悪態をついたそうです。するとお松は何も言わずに「三太」を懐に入れたまま、「か」の字川の「き」の字橋へ行き、青あおと澱んだ淵の中へ烏猫を抛りこんでしまいました。それから、――それから先は誇張かも知れません・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・そんな事があっては大変ですから、私は御本宅の御新造が、さんざん悪態を御つきになった揚句、御帰りになってしまうまでは、とうとう御玄関の襖の蔭から、顔を出さずにしまいました。「ところがこちらの御新造は、私の顔を御覧になると、『婆や、今し方御・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・おい、ともちゃん、悪態をついてるひまにモデル台に乗ってくれ。……それにしても花田や青島の奴、どうしたんだ。瀬古 全くおそいね。計略を敵に見すかされてむざむざと討ち死にしたかな。いったい計略計略って花田の奴はなにをする気なんだろう。・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ けれどもそれは、まあ、文学少女の、文学的な悪態で、二番目の女房の現実的な悪辣さに較べると、まだしも我慢が出来ると言っていいかも知れませんでございます。この二番目の女房は、私が本郷に小さいミルクホールをひらいた時、給仕女として雇った女で・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ 勇吉夫婦は酔っ払った上互に狂人のように悪態をつき合ながら、炉の粗朶火をふり廻して、亭主がここへ火をつけると、女房もそっちに火をつける。火をつけながら、泣きながら、おしまは、「こげえな家が何でえ! 畜生! 夜もねねえでかせいだんなあ何の・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ ソモフに、たしなめられると、ボルティーコフはふてくされて悪態をついた。「工場そっくり女にかきまわされて――まともな人間の住む場所がありゃしねえ! モスクワに行くんだ俺あ。そうなりゃ、スカートはいた職長が見つかるだろうよ!」「追・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・つまりお酒を飲んで悪口をいうとか、悪態を吐くとか、ええこん畜生と思ったことを亭主につらあて、社会につらあて、人生に対する反抗心のすべてをああいう行動で表現してしまったんじゃないかということをやっぱり思えるんです。事件そのものとすれば、勿論戦・・・ 宮本百合子 「浦和充子の事件に関して」
・・・その相反撥する感情に苦しめられた揚句、圭子が癪に触ったにかこつけ、はる子への悪態もかねて爆発してしまったのではあるまいか。千鶴子は、圭子と調和しようと努めたが不可能と知ったと云っているが、その陰に、はる子に対して調和しようとしたがと云う感情・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・どうせ私生子を生むような女は、と悪態をつかれることなどを聞いていた花村が、主人公の私生子であるということについて大人からうけうりの偏見を持ったわけであり、その動機は、主人公の少年の卑屈から出たうそでした。汚辱、羞恥とは自己を摘発することだと・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・ この指導者が、縦横無尽という風に、ときに悪態さえ交えながら、しかも、婦人たちの本能的なつつしみには自然のいたわりをもっていて、荒っぽく、しかも淡白な話ぶりをもっていることに、注意をひかれた。この人の悪口は、火の中から出したばっかりの鉄・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫