・・・ ゲーブルの役の博徒の親分が二人も人を殺すのにそれが観客にはそれほどに悪逆無道の行為とは思われないような仕組みになっている。二度目の殺人など、洗面場で手を洗ってその手をふくハンケチの中からピストルの弾を乱発させるという卑怯千万な行為であ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・自由民権を、欽定憲法によってそらした権力は、この一つの小規模な、未熟な、社会主義思想のあらわれを、できるだけおそろしく、できるだけ悪逆なものとして扱って、封建風のみせしめにした。みせしめは、近代日本が法治国であるという一応のたて前から、いつ・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・けれども、第二次世界大戦において日本の軍事権力と上級軍人の或るものが演じた役割は、生命の破壊よりも遙かに悪逆な、生きながらその人々の人間性を殺戮することを敢てした。飛び立つ飛行機を見送ったときの兵士たちの敏感なこころの中では、音を立てて、何・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
・・・逸見氏はあれほどの汚辱に身を浸しながら、どうして今こそ、自身のその汚辱そのものをとおして、復讐しようと欲しないのだろう。悪逆な法律は、人間を生ける屍にするけれども、真実は遂に死せる者をしてさえも叫ばしめるという真理を何故示そうとしなかったの・・・ 宮本百合子 「信義について」
・・・尾崎秀実氏とその国際的な同志たちとは、日本の軍事権力が最後ののたうちで最も悪逆になり狂暴となったその時期の犠牲であったのである。 非道な力は終焉に瀕している、それだからこそ国際的な民主主義者の生命を奪うようなことさえせざるを得なくなって・・・ 宮本百合子 「人民のために捧げられた生涯」
余録 菅公を讒言して太宰の権帥にした、基経の大臣の太郎、左大臣時平は、悪逆無道の大男のように思われて居る。 小学歴史で読んだ時から、清くやせた菅原道真に対して、グロテスクな四十男が想像されて居た。ところ・・・ 宮本百合子 「余録(一九二四年より)」
・・・彼らを危うしと見ながら悠々とエジプトの葉巻咽草を吹かすは逆自然である、悪逆である、さらに無道の極みである。「絶望」に面して立つ雄々しき労働者は無情なる世人を見て憤怒の念を起こす。綱の切れるはかまわない。ただかの冷ややけき笑いを唇辺に漂わ・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫