・・・と同時に悪魔もまた宗徒の精進を妨げるため、あるいは見慣れぬ黒人となり、あるいは舶来の草花となり、あるいは網代の乗物となり、しばしば同じ村々に出没した。夜昼さえ分たぬ土の牢に、みげる弥兵衛を苦しめた鼠も、実は悪魔の変化だったそうである。弥兵衛・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・あると思うのは悪魔です。堕落した天使の変化です。ジェズスは我々を救うために、磔木にさえおん身をおかけになりました。御覧なさい。あのおん姿を?」 神父は厳かに手を伸べると、後ろにある窓の硝子画を指した。ちょうど薄日に照らされた窓は堂内を罩・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・戸部の気むずかしやの腹がすいたんだから、いわばペガサスに悪魔が飛び乗ったようなもんだよ。おまえ、気を悪くしちゃいけないよ。とも子 だって戸部さんみたいなわからず屋ってないんだもの。画なんてちっとも売れない画かきばかりの、こんな穢い小屋に・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・実際そこに惹起された運動といい、音響といい、ある悪魔的な痛快さを持っていた。破壊ということに対して人間の抱いている奇怪な興味。小さいながらその光景は、そうした興味をそそり立てるだけの力を持っていた。もっと激しく、ありったけの瓶が一度に地面に・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ 自由に対する慾望は、しかしながら、すでに煩多なる死法則を形成した保守的社会にありては、つねに蛇蠍のごとく嫌われ、悪魔のごとく恐れらるる。これ他なし、幾十年もしくは幾百年幾千年の因襲的法則をもって個人の権能を束縛する社会に対して、我と我・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・一体、悪魔を払う趣意だと云うが、どうやら夜陰のこの業体は、魑魅魍魎の類を、呼出し招き寄せるに髣髴として、実は、希有に、怪しく不気味なものである。 しかもちと来ようが遅い。渠等は社の抜裏の、くらがり坂とて、穴のような中を抜けてふとここへ顕・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・が、その時の鳥旦那の装は、杉の葉を、頭や、腰のまわりに結びつけた、面まで青い、森の悪魔のように見えて、猟夫を息を引いて驚倒せしめた。旦那の智恵によると、鳥に近づくには、季節によって、樹木と同化するのと、また鳥とほぼ服装の彩を同じゅうするのが・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「ほんとに、ほんとに、どんな悪魔がついたのだろう、人にこう心配ばかしさして」と、妻は僕の顔を睨む権利でもあるように、睨みつけている。 僕も、――今まで夢中になっていた女を実際通り悪く言うのは、不見識であるかのように思ったが、――それ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・すなわちこの世の中はこれはけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であるということを信ずることである。失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信ずることである。この世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中で・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・「あの汚らしいふうをした乞食の子は、悪魔の子だ。見つけしだいにひどいめにあわせて、この町の中から追い払ってしまえばいい。」と、ある人々はいっていました。 数日後のこと、若者は、雇われ口を探しながら歩いていますと、先日の汚らしいふうを・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
出典:青空文庫