・・・が、それと同時にまた、僕の責任が急に軽くなったような、悲しむべき安慰の感情を味った事もまた事実だった。』三浦がこう語り終った時、丁度向う河岸の並倉の上には、もの凄いように赤い十六夜の月が、始めて大きく上り始めました。私はさっきあの芳年の浮世・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・前記の諸君を除いて、平塚君、国富君、砂岡君、清水君、依田君、七条君、下村君、その他今は僕が忘れてしまって、ここに表彰する光栄を失したのを悲しむ。幾多の諸君が、熱心に執筆の労をとってくださったのは、特に付記して、前後六百枚のはがきの、このため・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・すでに断絶している純粋自然主義との結合を今なお意識しかねていることや、その他すべて今日の我々青年がもっている内訌的、自滅的傾向は、この理想喪失の悲しむべき状態をきわめて明瞭に語っている。――そうしてこれはじつに「時代閉塞」の結果なのである。・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ これ、佐藤継信忠信兄弟の妻、二人都にて討死せしのち、その母の泣悲しむがいとしさに、我が夫の姿をまなび、老いたる人を慰めたる、優しき心をあわれがりて時の人木像に彫みしものなりという。この物語を聞き、この像を拝するにそぞろに落・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・次々と来る小災害のふせぎ、人を弔い己れを悲しむ消極的営みは年として絶ゆることは無い。水害又水害。そうして遂に今度の大水害にこうして苦闘している。 二人が相擁して死を語った以後二十年、実に何の意義も無いではないか。苦しむのが人生であるとは・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・たまたま内子『八犬伝』を読むを聞いて戯れに二十首を作る橋本蓉塘 金碗孝吉風雲惨澹として旌旗を捲く 仇讎を勦滅するは此時に在り 質を二君に委ぬ原と恥づる所 身を故主に殉ずる豈悲しむを須たん 生前の功は未だ麟閣に上ら・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 真面目に自己というものを考える時は常に色彩について、嗅覚に付て、孤独を悲しむ感情に付て、サベージの血脈を伝えたる本能に付て、最も強烈であり、鮮かであった少年時代が追懐せられる。故に、習慣に累せられず、知識に妨げられずに、純鮮なる少年時・・・ 小川未明 「感覚の回生」
・・・そんなに悲しむものじゃない。」と、花にいって、どこへか飛び去ってしまったのです。 とこなつの花は、小鳥のいったことが、ただ自分を哀れに思ってなぐさめてくれる言葉だとしか思いませんでした。その後も、花は、さびしい日を送ってきました。 ・・・ 小川未明 「小さな赤い花」
・・・彼は悲しむまえに喜んだ。「これで掏摸の小説が書ける」 彼は飛ぶように家へ帰った。そして机の前に坐ると、掏られたはずの財布がちゃんと、のっている。持って出るのをうっかり忘れていたのだ。 彼は原稿用紙の第一行に書かれている「掏摸の話・・・ 織田作之助 「経験派」
・・・品にしろ、作者が意気ごんで待ち構えているほどには、いいかえれば、作者が満足する程度に、理解されることなぞ、まかりまちがっても有り得ないのであるから、なにも大阪的な作品が東京文壇に理解されないといって、悲しむにも当らないのであるが、しかし、大・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
出典:青空文庫