・・・眼は冷く、女房の殺人の現場を眺め、手は平然とそれを描写しながらも、心は、なかなか悲愁断腸のものが在ったのではないでしょうか。次回に於いて、すべてを述べます。 第六 いよいよ、今回で終りであります。一回、十五、六枚ずつに・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ているような、世界のひとみんなからあざ笑われているような、いても立っても居られぬ気持で、こんなときに乙やんが生きていたらな、といまさらながら死んだ須々木乙彦がなつかしく、興奮がそのままくるりと裏返って悲愁断腸の思いに変じ、あやうく落涙しそう・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・つてシャンパンユの平和なる田園に生れて巴里の美術家となった一青年が、爆裂弾のために全村尽く破滅したその故郷に遊び、むかしの静な村落が戦後一変して物質的文明の利器を集めた一新市街になっているのを目撃し、悲愁の情と共にまた一縷の希望を感じ、時勢・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・父は母の永年の労をねぎらうためと、一九二八年八月一日に三男英男が自分から生命を断った、その悲愁から母の心持を転換させようとこの旅行を企てたのであった。母は一九三四年六月十三日に持病糖尿病から肺エソになって没した。後、母の残した日記を集めて「・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
出典:青空文庫