・・・――そうでなくて、いかに悲痛な折からでも、若い女が商いに出てまで、客の前で紙を絞るほど涙を流すのはちと情に過ぎる。大方は目の煩いだろう。 トラホームなぞだと困る、と、その涙をとにかく内側へ深く折込んだ、が。――やがて近江屋へ帰って、敷石・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 真に愛するものを持たぬ人や、真に愛するものを死なしたことのない人に、どうして今の自分の悲痛がわかるものか、哲学も宗教も今の自分に何の慰藉をも与え得ないのは、とうていそれが第三者の言であるからであるまいか。 自分はもう泣くよりほかは・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・抑えても抑え切れぬ悲痛の泣き音は、かすかなだけかえって悲しみが深い。省作はその不束を咎むる思いより、不愍に思う心の方が強い。おとよの心には多少の疑念があるだけ、直ちにおはまに同情はしないものの、真に悲しいおはまの泣き音に動かされずにはいられ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・緑雨の竹馬の友たる上田博士も緑雨の第一の知己なる坪内博士も参列し、緑雨の最も莫逆を許した幸田露伴が最も悲痛なる祭文を読んだ。丁度風交りの雨がドシャドシャ降った日で、一代の皮肉家緑雨を弔うには極めて相応しい意地の悪い天気であった。 緑雨の・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・が、人生の説明者たり群集の木鐸たる文人はヨリ以上冷静なる態度を持してヨリ以上深酷に直ちに人間の肺腑に蝕い入って、其のドン底に潜むの悲痛を描いて以て教えなければならぬ。今日以後の文人は山林に隠棲して風月に吟誦するような超世間的態度で芝居やカフ・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ちょうどこの百七十七回の中途で文字がシドロモドロとなって何としても自ら書く事が出来なくなったという原稿は、現に早稲田大学の図書館に遺存してこの文豪の悲痛な消息を物語っておる。扇谷定正が水軍全滅し僅かに身を以て遁れてもなお陸上で追い詰められ、・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 風は、いちだんと悲痛な調子になって、「それには、俺がおまえを鍛えるよりしかたがない。いまおまえは、まだ小さくて教えても歌えまいが、いんまに大きくなったら俺の教えた『曠野の歌』と、『放浪の歌』とを歌うのだ。」と、風は、木の芽にむかっ・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・私が、曾て、ロシア人の話を聞いて、感奮した如く、もっとそれよりも、赤裸なる、悲痛な人生に直面して、限りない興奮を感じ、筆を剣にして戦わんとする、斯くの如き真実なる無産派の作家を私は、親愛の眼で眺めずにはいられないのであります。――十月十九日・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・その時、私はずいぶん悲痛な顔をしていたようでしたが、しかし、今になって考えてみると、父は細君が変ると、すぐ家を移ってしまう癖があり、しかもそれがいつも夏だったとは、ずいぶんおかしい気がする。父の夫婦別れの原因はいまもって判らないが、やはり落・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・寺田はむしろ悲痛な顔をしながら、配当を受取りに行くと、窓口で配当を貰っていたジャンパーの男が振り向いてにやりと笑った。皮膚の色が女のように白く、凄いほどの美貌のその顔に見覚えがある。穴を当てる名人なのか、寺田は朝から三度もその窓口で顔を合せ・・・ 織田作之助 「競馬」
出典:青空文庫