・・・ 最近Aは家との間に或る悶着を起していました。それは結婚問題なのです。Aが自分の欲している道をゆけば父母を捨てたことになります。少くも父母にとってはそうです。Aの問題は自ら友人である私の態度を要求しました。私は当初彼を冷そうとさえ思いま・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・「それで悶着がおこってきたんだ。」「だって、あいつら、偽札を使ってたんじゃないか。」 田口は、メリケン兵を悪く云うのには賛成しないらしく、鼻から眉の間に皺をよせ、不自然な苦い笑いをした。栗本は、将校に落度があったのか、きこうとした。・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・これが悶着の端緒である。之を避けるには便所へでも行くふりをして烟の如く姿を消してしまうより外はない。当時の無頼漢は一見して、それと知られる風俗をしていた。身幅のせまい唐桟柄の着物に平ぐけをしめ、帽子は戴かず、言葉使は純粋の町言葉であった。三・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・「そこが今悶着中さ」「へへへへ。八時の馬車はもう直ぐ、支度が出来ます」「うん、だから、八時前に悶着をかたづけて置こう。ひとまず引き取ってくれ」「へへへへ御緩っくり」「おい、行ってしまった」「行くのは当り前さ。君が行け・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・騒動って何があったのですと聞くと、例の差配人との悶着一件である。昨夜彼らが新宅から帰って家へ這入る途端門口に待ち設けていた差配人は、亭主が戸をしめる余地のないほど早く彼らに続いて飛び込んで、なぜ断りなしにしかも深夜に引越をするそれでも君は紳・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 自動車へ乗込むという段になって、悶着が生じた。リージンは前夜六人乗の自動車を註文したのに、髭の濃いコーカサス男の運転して来た車は四人乗ともう一つは二人乗で、計らず四人組、二人組と別れ別れにならなければならなくなったのである。 リー・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
出典:青空文庫