・・・ 数年前に亡くなった母の晩年なども、なまじいそういう祖父の思い出が母のなかに一種の崇拝と一緒にのこっていたために、娘としての情愛だけがすらりと流露せず、現実にはおのずとその愛に結びついて行って、そこにある一定の傾向に支配されることがつの・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・亭主のそれが情愛だといってなぐった。そういう時代はもちろん去った。けれどもモスクワ発行の『労働者新聞』の「自己批判」の投書に、こういうのが出ることがある。 パウマン区何々通五八番地、室十五号に住んでいる某々工場の職工イワン・ボルコフ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ けれども、相当の人格を持った者の間には、夫婦の情愛が、もう一歩鎮り、叡智的になった友情が深く生活に潜入していると思います。妻の知識はいつも良人のそれよりは低いのが常態であり、常に、良人が上位から注ぐ思い遣り、労わり、一言に云えば人情に・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・「一夜の夫妻は百日の情」というけれども、その百日はもう十以上も過ぎた。春桃は一人で住んで仕事を見つけ、手伝いに向高を見つけた。「情愛から云えば、むろん、李茂に対しての方がずっと薄い」春桃が李茂を連れて来たのは、親たちのつき合い仲間への義理や・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ ブランデスは、ツルゲーネフが死んだ年非常に情愛のこもったツルゲーネフの評伝を書いた。その冒頭に「ツルゲーネフはロシアの散文家中最大の芸術家である」と云っている。 ブランデスがその評伝を書いた時から今日まで、既に五十一年の歳月を経、・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・をよんで見ると、国を出る迄末息子としての藤村が、お牧という専属の下女にかしずかれ、情愛の深い太助爺を遊び対手とし、いかにも旧本陣の格にふさわしい育ち方をしている姿がまざまざと浮んで来る。それが急に言葉から食物まで違う東京、母も姉もお祖母さん・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・そして、めいめいの良人に対する友情も、謂わば互の心にある妻としての情愛を互に理解した上でのようなところがあって、友達としての良人たちに対する直接の友情にもう一つ女としての微妙なニュアンスを加えているところも面白い。みんな文学の仕事をしていて・・・ 宮本百合子 「なつかしい仲間」
・・・自分たちの若い生命がそれに不条理を感じること、反撥すること、それをいくらかでも生活的に訂正して、より若い後からの世代につたえようとする姉らしいやさしさと勇気こそ、常に世代の姉妹としての私たち女の情愛ではないだろうか。 この頃、あちらこち・・・ 宮本百合子 「働く婦人の新しい年」
・・・献身的な情愛と社交婦人としての実際的な手腕を傾けたのであった。彼女はバルザックをカストリィ公爵夫人のサロンに紹介し、そこに集るド・ミュッセやサント・ブウヴなど当時の著名な文学者に近づけるための努力をした。十数年後ハンスカ夫人に宛てた手紙の中・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・兄妹の情愛にファシストとしてながれる思想がつらぬかれていたわけです。 現実の社会はあまくありません。ファシストとよばれる人びとのなかにやはりその思想でむすばれた恋愛・夫婦・協力した活動が実在することは、山岸ロマンスの実例がまざまざと語っ・・・ 宮本百合子 「ファシズムは生きている」
出典:青空文庫