・・・ 邪宗に惑溺した日本人は波羅葦増(天界の荘厳を拝する事も、永久にないかも存じません。私はそのためにこの何日か、煩悶に煩悶を重ねて参りました。どうかあなたの下部、オルガンティノに、勇気と忍耐とを御授け下さい。――」 その時ふとオルガンティ・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・自然の風景に惑溺して居る我の姿を、自覚したるときには、「われ老憊したり。」と素直に、敗北の告白をこそせよ。 その二。おなじ言葉を、必ず、二度むしかえして口の端に出さぬこと。 その三。「未だし。」感想について 感想なん・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・は、その惑溺の最中に書いた抒情詩の集編であり、したがつてあのショーペンハウエル化した小乗仏教の臭気や、性慾の悩みを訴へる厭世哲学のエロチシズムやが、集中の詩篇に芬々として居るほどである。しかし僕は、それよりも尚多くのものをニイチェから学んだ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・而してその本部の人民にははなはだしき酒客を見ざれども、酒に乏しき北部の人が、南部に遊び、またこれに移住するときは、葡萄の美酒に惑溺して自からこれを禁ずるを知らず、ついにその財産生命をもあわせて失う者ありという。 また日本にては、貧家の子・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・そもそもこの物理学の敵にして、その発達を妨ぐるものは、人民の惑溺にして、たとえば陰陽五行論の如き、これなれども、幸にして我が国の上等社会には、その惑溺はなはだ少なし。拙著『時事小言』の第四編にいわく、「ひっきょう、支那人がその国の広・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・ 明治開化期の影響をうけて、宗教だの霊降術だのに対しては批評をもって暮して来た母は、弟の死後、一種剽悍な惑溺で息子の霊の力が母である自分を守っているということを信じるようになった。この霊との交渉においては、夫も他の息子や娘もいっさい除外・・・ 宮本百合子 「母」
・・・二人の自然な愛情はなくて、重吉が決して惑溺することのない女の寧ろ主我刻薄な甘えと、ひろ子がそれについて自卑ばかりを感じるような欲情があるというのだろうか。「あんまり平凡すぎる!」 ひろ子は、激しく泣きだしながら頭をふった。「わた・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫