・・・「農民をあんな惨めな状態におかなければ利益のないものなら、農場という仕事はうそですね」「お前は全体本当のことがこの世の中にあるとでも思っとるのか」 父は息子の融通のきかないのにも呆れるというようにそっぽを向いてしまった。「思・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ もともとヤマコで売っていたお前の、そんな惨めな姿を見ては、いかな此のおれだって、涙のひとつも……いや、出なんだ。出るもんか。……随分落ちぶれたもんですね、川那子さん、ざまあ見ろ。ああ、良い気味だ……と、嗤ってやった。驚きもしなんだ。な・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・それとも、いっそ惨めと言おうか。それを考えてくれたら、鼻の上に汗をためて――そんな陰口は利けなかった筈だ。 その写真の人は眼鏡を掛けていたのだ。と言ってもひとにはわかるまい。けれど、とにかく私にとっては、その人は眼鏡を掛けていたのだ。い・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・粕までやって世話した甲斐もなく、一向に時が来ても葉や蔓ばかし馬鹿延びに延びて花の咲かない朝顔を余程皮肉な馬鹿者のようにも、またこれほど手入れしたその花の一つも見れずに追い立てられて行く自分の方が一層の惨めな痴呆者であるような気もされた。そし・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・…… 自分はその前年の九月の震災まで、足かけ五年間、鎌倉の山の中の古寺の暗い一室で、病気、不幸、災難、孤独、貧乏――そういったあらゆる惨めな気持のものに打挫かれたような生活を送っていたのだったが、それにしても、実際の牢獄生活と較べてどれ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・この夏以来私は病気と貧乏とでずいぶん惨めだった。十月いっぱい私はほとんど病床で暮した。妻の方でも、妻も長女も、ことに二女はこのごろやはり結核性の腹膜とかで入院騒ぎなどしていて、来る手紙も来る手紙もいいことはなかった。寺の裏の山の椎の樹へ来る・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・その間に私は幾度、都会から郷里へ、郷里から都会へと、こうした惨めな気持で遁走し廻ったことだろう…… 私はまったく、粉砕された気持であった。私にも笹川の活きた生活ということの意味が、やや解りかけた気がする。とにかく彼は、つねに緊張した活き・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・よくもまあ永い間、若い才物者揃いの独身者の間に交って、惨めなばかを晒していられたものだ……」 彼はこの惣領の三つの年に、大きな腹をした細君を郷里に帰したのだ。その後またちょっと帰ってきては一人生ましたのだ。……がさて、明日からどうして自・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・オールドミスの職業婦人は特別な天才や、宗教的、事業的献身の場合のほかは見るも淋しく、惨めである。窮乏せる結婚生活が恋愛の墓場であるにしても、オールドミスの孤独地獄よりはなおまさっている。ヒステリーに陥らずに、瘠我慢の朗らかさを保ち得るものが・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・記憶の中に生きている自身があまり惨めに思えたからだった。 その通りはこころもち上りになっていて、真中を川が流れていた。小さい橋が二、三間おきにいくつもかけられている。人通りが多かった。明るい電燈で、降ってくる雪片が、ハッキリ一つ一つ見え・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
出典:青空文庫