・・・前者の場合には世道人心を善導し、後者の場合には惨禍と擾乱を巻き起こした例がはなはだ多いようである。いずれもとにかく人間の錯覚を利用するものである。 もしも人間の「目」が少しも錯覚のないものであったら、ヒトラーもレーニンもただの人間であり・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・ 今度の大阪や高知県東部の災害は台風による高潮のためにその惨禍を倍加したようである。まだ充分な調査資料を手にしないから確実なことは言われないが、最もひどい損害を受けたおもな区域はおそらくやはり明治以後になってから急激に発展した新市街地で・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ 函館市は従来しばしば大火に見舞われた苦い経験から自然に消防機関の発達を促され、その点においては全国中でも優秀な設備を誇っていたと称せられているのであるが、それにもかかわらず今日のような惨禍のできあがったというのは、一つには上記のごとき・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・戦争の惨禍というものの人間的な深刻さは、侵略謀議者がどのように罰せられようとも、それでつぐないきれない人民生活の傷がのこされるからだ。人が人の命をうばうというおそろしい行為でその罪を罰したところで、東條英機の家族は、あしたのたつきにこまりは・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・分別のある人民の大部分が、この上の惨禍を歓迎しようとはしていない。 きょうこそ、日本のわたしたちは、自分たちの求めているものを、はっきり自覚しなければならないと思う。わたしたちの求めているのが民族の平和と自立であり、生活の安定と人間らし・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ ところが十四年前日本の軍力が東洋において第二次世界大戦という世界史的惨禍の発端を開くと同時に、反動の強権は日本における最も高い民主的文学の成果であるプロレタリア文学運動をすっかり窒息させた。そして、日本の旧い文学は、これまで自身の柱と・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・ 第二次大戦、ファシズムの惨禍を、日本の戦時的日常の現実を、通じて生死しながら、精神では大戦前のレジスタンスを知らないフランス文学に国内亡命をしていた人々の矛盾は、おそらくその人々に自覚されているよりも激しく、こんにち日本の文学に国内亡・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・ 然しながら、社会の機構が生み出している複雑な利害の分裂、悪徳、悲惨、戦争の惨禍などを、農民の素朴な信仰心で根絶しうるものでもないし、又そのような現実生活を、あるとおりの社会の中で実現し得るものでもない。トルストイが、彼の全精力の卓抜さ・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・第一次大戦の惨禍は生きているものに、平和を警告しつづける記念物として、ヴェルダンの廃市に一望果ない戦死者墓地となってのこっていた。パリの華麗なシャン・ゼ・リゼのつき当りの凱旋門の中に、夜毎兵士に守られて燃えつづけていた戦死者記念常夜燈に、平・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・年齢と経済力とに守られて、若い幾多の才能を殺した戦争の恐怖からある程度遠のいて暮せたこの作家が、それらの恐怖、それらの惨禍、それらの窮乏にかかわりない世界で、かかわりない人生断面をとり扱った作品が、ともかく日本で治安維持法が解かれた直後のジ・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
出典:青空文庫