・・・実際そこに惹起された運動といい、音響といい、ある悪魔的な痛快さを持っていた。破壊ということに対して人間の抱いている奇怪な興味。小さいながらその光景は、そうした興味をそそり立てるだけの力を持っていた。もっと激しく、ありったけの瓶が一度に地面に・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・S・S・Sとは如何なる人だろう、と、未知の署名者の謎がいよいよ読者の好奇心を惹起した。暫らくしてS・S・Sというは一人の名でなくて、赤門の若い才人の盟社たる新声社の羅馬字綴りの冠字で、軍医森林太郎が頭目であると知られた。 鴎外は早熟であ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ その頃は既に鹿鳴館の欧化時代を過ぎていたが、欧化の余波は当時の新らしい女の運動を惹起した。沼南は当時の政界の新人の領袖として名声藉甚し、キリスト教界の名士としてもまた儕輩に推されていたゆえ、主としてキリスト教側から起された目覚めた女の・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・これからT君と妹との結婚の事で、万一むずかしい場合が惹起したところで、私は世間体などに構わぬ無法者だ、必ず二人の最後の力になってやれると思った。 増上寺山門の一景を得て、私は自分の作品の構想も、いまや十分に弓を、満月の如くきりりと引きし・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・大規模のものが襲来すれば、東京から福岡に至るまでのあらゆる大小都市の重要な文化設備が一時に脅かされ、西半日本の神経系統と循環系統に相当ひどい故障が起こって有機体としての一国の生活機能に著しい麻痺症状を惹起する恐れがある。万一にも大都市の水道・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ 地震によって惹起される津波もまたしばしば、おそらく人間の一代に一つか二つぐらいずつは、大八州国のどこかの浦べを襲って少なからざる人畜家財を蕩尽したようである。 動かぬもののたとえに引かれるわれわれの足もとの大地が時として大いに震え・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・これに対して、物価調節、各家庭に対する節約宣伝のような、やや消極的方面の問題、また積極的には女性の自給自立、労銀等の問題から、根本に近い、社会主義上の諸問題が、惹起されます。これ等は、おもに流動する貨幣のみちびきかた、適当な配分を考究して、・・・ 宮本百合子 「男…は疲れている」
・・・これまでの純文学の作家の日常生活が余り特殊な文壇的或は技術的範囲に限られていた結果、そういう作家の社会的生活の経験の貧困は作品の質の著しい低下、瑣末主義を惹起した。一方、この四五年間における社会情勢の激動はこれまで純文学の読者であった中間層・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
・・・何故なら、ジイドにあっては、ソヴェト同盟への傾倒が、その紀行の中でも一寸ふれているように、社会問題の面から結果したのではなく、その当初から全く内的な、心理的な問題として惹起されたのであったから。ジイドがU・R・S・Sに結びついたのは政治家と・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・今日、我々はどう考えても、ヘレナ一人のために、二つの部族と神々まで加えた戦争を惹起するような空想は、たとい一種のロマンスとしても実感を以て描くことが出来ないだろう。恋愛のいきさつは、人類の祖先が原始的生活を営んでいた時代、直に一集団の本能を・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
出典:青空文庫