・・・繃帯をしてから傷の痛も止んで、何とも云えぬ愉快に節々も緩むよう。「止まれ、卸せ! 看護手交代! 用意! 担え!」 号令を掛けたのは我衛生隊附のピョートル、イワーヌイチという看護長。頗る背高で、大の男四人の肩に担がれて行くのであるが、・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・私は愉快に酔った。十一時近くになって皆なで町へお汁粉をたべに行った。私は彼らのたべるのをただ見ていた。大仏通りの方でF氏と別れて、しめっぽい五月の闇の中を、三人は柔かい芝生を踏みながら帰ってきた。ブランコや遊動円木などのあるところへ出た。「・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
・・・この愉快な人生にプロジットしよう」 その青年にはだいぶ酔いが発して来ていた。そのプロジットに応じなかった相手のコップへ荒々しく自分のコップを打ちつけて、彼は新しいコップを一気に飲み乾した。 彼らがそんな話をしていたとき、扉をあけて二・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 彼は頭を上げては水車を見、また画板に向う、そして折り折りさも愉快らしい微笑を頬に浮べていた。彼が微笑するごとに、自分も我知らず微笑せざるを得なかった。 そうする中に、志村は突然起ち上がって、その拍子に自分の方を向いた、そして何にも・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ 呉清輝はうたれたのが愉快だというような声を出した。 火酒は、戸棚の隅に残っていた、呉は、それを傷口に流しかけた。酒精分が傷にしみた。すると、呉は、歯を喰いしばって、イイイッと頸を左右に慄わした。「何て、縁儀の悪いこっちゃ、一と・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・方もあるかも知れませぬけれども、元来そういうものじゃないので、ただ魚釣をして遊ぶ人の相手になるまでで、つまり客を扱うものなんですから、長く船頭をしていた者なんぞというものはよく人を呑込み、そうして人が愉快と思うこと、不愉快と思うことを呑込ん・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・おげんは何がなしに愉快な、酔うような心持になって来た。弟も弟の子供達も自分を待ちうけていてくれるように思われて来た。昂奮のあまり、おげんは俥の上で楽しく首を振って、何か謡曲の一ふしも歌って見る気に成った。こういう時にきまりで胸に浮んで来る文・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ひとが何かいうと、けッという奇怪な、からす天狗の笑い声に似た不愉快きわまる笑い声を、はばからず発するのである。ゲエテ一点張りである。これとても、ゲエテの素朴な詩精神に敬服しているのではなく、ゲエテの高位高官に傾倒しているらしい、ふしが、無い・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・こう思うと、頗る愉快になって来た。 その時銀行員は戸を叩いた。ポルジイは這入らせはしたが、ちょっと誰だったか、何の用で来させたかと云うことを忘れて、ようよう思い出した。それからは頗る慇懃に待遇した。 さて一切の用件を話して聞せた。・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ しかし、とにかく、一青年の志を描き出したことは、私にとって愉快であった。『生』で描いた母親の肖像よりも、つきすぎていないゆえか、いっそう愉快であった。私は人間の魂を取り扱ったような気がした。一青年の魂を墓の下から呼び起こして来たような・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
出典:青空文庫