・・・芸術の与うる感じは愉悦の感じでなければならぬ。男性的のものゝ中にも女性を帯びたものでなければならぬ。言を換えていえば芸術の姿其れ自身が本来女性的であると思う。 或る芸術品に対した時、其の作品から吾人は何等の優しみも、若やかな感じも与えら・・・ 小川未明 「若き姿の文芸」
・・・しかし大学にある間だけの費用を支えるだけの貯金は、恐ろしい倹約と勤勉とで作り上げていたので、当人は初めて真の学生になり得たような気がして、実に清浄純粋な、いじらしい愉悦と矜持とを抱いて、余念もなしに碩学の講義を聴いたり、豊富な図書館に入った・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・蘭学の先駆者たちがたった一語の意味を判読し発見するまでに費やした辛苦とそれを発見したときの愉悦とは今から見れば滑稽にも見えるであろうが、また一面には実にうらやましい三昧の境地でもあった。それに比べて、求める心のないうちから嘴を引き明けて英語・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・そして、その眼が精妙な仕組みのなかに私たちの愛するものの姿を映したとき、あるいは美しいものを映したとき、私たちの全心に流れわたる愉悦の感覚は、眼そのものにさえつやと輝きとを増す肉体と精神の溌剌可憐な互のいきさつを、ひしひしと自覚しているので・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・ 精神と肉体との愛における統一と、そのあらわれとして貞潔がある場合、その自然さ、よろこび、平安の深さは、人間の男女が感ずるすべての愉悦のなかで最も諧調にとみ、創造の魅力に満ちていると思う。 純潔ということも相対的で、愛するものに対し・・・ 宮本百合子 「貞操について」
・・・重吉と自分とに与えられた愉悦に対して謙遜になった。これらの人々はどんなに生きたかったであろうか、と。 ひろ子は、実験用テーブルの前の円椅子から立ち上った。水道のところへ行って、自分たちの使った茶のみと、そこに漬けてあった二つ三つの皿小鉢・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫