・・・私はすこしく書物を読むようになるが早いか、世に裁判と云い、懲罰と云うものの意味を疑うようになったのも、或は遠い昔の狐退治。其等の記念が知らず知らずの原因になって居たのかも知れない。 永井荷風 「狐」
・・・其処には敬称と嘲侮との意味を含んで居る。いつが起りということもなくもう久しい以前からそうなって畢った。彼は六十を越しても三四十代のもの、特に二十代のものとのみ交って居た。彼の年輩のものは却て彼の相手ではない。彼は村には二人とない不男である。・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ この意味においてイズムは会社の決算報告に比較すべきものである。更に生徒の学年成績に匹敵すべきものである。僅一行の数字の裏面に、僅か二位の得点の背景に殆どありのままには繰返しがたき、多くの時と事と人間と、その人間の努力と悲喜と成敗とが潜・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・上人の愚禿はかくの如き意味の愚禿ではなかろうか。他力といわず、自力といわず、一切の宗教はこの愚禿の二字を味うに外ならぬのである。 しかし右のようにいえば、愚禿の二字は独り真宗に限った訳でもないようであるが、真宗は特にこの方面に着目した宗・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・その意味に於て、ニイチェは正しく新時代のキリストである。耶蘇キリストは、万人の罪を一人で背負ひ、罪なくして十字架の上に死んだ。フリドリヒ・ニイチェもまた、近代知識人の苦悩を一人で背負つて、十字架の上に死んだ受難者である。耶蘇と同じく、ニイチ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・平田は廊下の洋燈を意味もなく見上げている。「もうこのまま出かけよう。夜が明けても困る」と、西宮は小万にめくばせして、「お梅どん、帽子と外套を持ッて来るんだ。平田のもだよ。人車は来てるだろうな」「もうさッきから待ッてますよ」 お梅・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・女子は男子よりも親の教、忽にす可らず、気随ならしむ可らずとは、父母たる者は特に心を用いて女子の言行を取締め、之を温良恭謙に導くの意味ならん。温良恭謙、固より人間の美徳なれども、女子に限りて其教訓を忽にせずと言えば、女子に限りて其趣意を厚く教・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・この意味からだと『浮雲』にもモデルが無いじゃないが、私のいうモデルと、世間のそれとは或は意味が違ってるかも知れん。 兎に角、作の上の思想に、露文学の影響を受けた事は拒まれん。べーリンスキーの批評文なども愛読していた時代だから、日本文明の・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・それには冷かす心持もあるが、たしかに尊敬する意味もある。この男の物を書く態度はいかにも規則正しく、短い間を置いてはまた書く。その間には人指し指を器械的に脣の辺まで挙げてまた卸す。しかし目は始終紙を見詰めている。 この男がどんな人物だと云・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・何だかこの往来、この建物の周囲には、この世に生れてから味わずにしまった愉快や、泣かずに済んだ涙や、意味のないあこがれや、当の知れぬ恋なぞが、靄のようになって立ち籠めているようだ。何処の家でも今燈火を点けている。そうすると狭い壁と壁との間に迷・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
出典:青空文庫