・・・と、往来へ出て月の光を正面に向けた顔は確かにお正である。「お正さん」大友は思わず叫んだ。「大友さんでしょう、」と意外にもお正は平気で傍へ来たので、「貴女は僕が来て居るのを知っていたのですか」と驚いて問うた。「も少し上の方への・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・むしろそのはなはだ少ないのに意外の感を持つであろう。 かくして「問い」はおのずと書物を選ばしめる。自らの「問い」なくして手当たり次第に読書することは、その割合いに効果乏しく、また批判の基準というものが立ちがたい。 自ら問いを持ち、そ・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・大西は、意外げに、皮肉に笑った。「わざと、ちょっぴり怪我をしたんじゃないか?」「…………。」 腕を頸に吊らくった相手は腹立たしげに顔をしかめた。「なか/\内地へ帰りとうて仕様がなかったんだからな。」 それにも相手は取り合わな・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・なるほど木理は意外の業をする。それで古来木理の無いような、粘りの多い材、白檀、赤檀の類を用いて彫刻するが、また特に杉檜の類、刀の進みの早いものを用いることもする。御前彫刻などには大抵刀の進み易いものを用いて短時間に功を挙げることとする。なる・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・おげんは意外な結果に呆れて、皆なの居るところへ急いで行って見た。そこには母親に取縋って泣顔を埋めているおさだを見た。「ナニ、何でもないぞや。俺の手が少し狂ったかも知れんが、おさださんに火傷をさせるつもりでしたことでは無いで」 とおげ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ですけれども、やはり、何だかどうもあの先生は、私にとっても苦手でして、もうこんどこそ、どんなにたのまれてもお酒は飲ませまいと固く決心していても、追われて来た人のように、意外の時刻にひょいとあらわれ、私どもの家へ来てやっとほっとしたような様子・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ しかしともかくも私はちょっと意外な事に出逢ったような気がしてならなかった。而してこういったような商人がそこらに居るという事が何だかちょっと愉快なことのようにさえ思われたのである。 宅へ帰って昼飯を食いながら、今日のアドヴェンチ・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・すると、意外にもうつむいていた赤っぽい頭髪が、すッとあおのいた。「――よろしく、ご交際、おねがいします」 深水がたもとから煙草をだして点けた。三吉もその火で吸いつけようとするが、手がふるえていて、うまく点かない。点かないながら――ゴ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・しは栄子が遊廓に接近した陋巷に生れ育った事を知り、また廓内の女たちがその周囲のものから一種の尊敬を以て見られていた江戸時代からの古い伝統が、昭和十三、四年のその日までまだ滅びずに残っていた事を確めた。意外の発見である。殆ど思議すべからざる事・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・中村不折が隣りにいて、あのとき芸術上の批評を加えていたのを聞いて実に意外に思いました。ところが芝居の好きな人には私の厭だと思うところはいっこう応えないように見えますがどうでしょう。 光秀が妹から刀を受取って一人で引込むところは、内容とし・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
出典:青空文庫