・・・云うこと勿れ、巴、天魔の愚弄する所となり、妄に胡乱の言をなすと。天主と云う名に嚇されて、正法の明なるを悟らざる汝提宇子こそ、愚痴のただ中よ。わが眼より見れば、尊げに「さんた・まりあ」などと念じ玉う、伴天連の数は多けれど、悪魔「るしへる」ほど・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・三人に酒を出し、御馳走を供し、その上三人から愚弄されているのではないかと疑えば、このまま何も言わないで立ち帰ろうかとも思われた。まして、今しがたまでのこの座敷のことを思い浮べれば、何だか胸持ちが悪くなって来て、自分の身までが全くきたない毛だ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・羈なる半面 椿岳の出身した川越の内田家には如何なる天才の血が流れていたかは知らぬが、長兄の伊藤八兵衛は末路は余り振わなかったが、一度は天下の伊藤八兵衛と鳴らした巨富を作ったし、弟の椿岳は天下を愚弄した不思議な画家の生涯を送った。・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・しかし観行院様はまた洒落たところのあった方で、其当時私に太閤が幼少の時、仏像を愚弄した話などを仕てお聞かせなさった事もありました。然し後年、左様私が二十一歳の時、旅から帰って見たら、足掛三年ばかりの不在中に一家悉く一時耶蘇教になったものです・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・私を、あまりにも愚弄した。少し、たしなめてやらなければならぬ。 若い才能と自称する浅墓な少年を背後に従え、公園の森の中をゆったり歩きながら、私は大いに自信があった。果して私が、老いぼれのぼんくらであるかどうか、今に見せてあげる。少年は、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・人を愚弄万事御了察のうえ、お願い申しあげます。何事も申しあげる力がございません委細は拝眉の日に。三月十九日。治拝。(借金の手紙として全く拙劣を極むるものと認む。要するに、微塵「これはひどいですねえ。」私は思わず嘆声を発した。「ひどい・・・ 太宰治 「誰」
・・・一人の若者が団扇太鼓のようなものを叩いて相手の競争者の男の悪口を唄にして唄いながら思い切り顔を歪めて愚弄の表情をする、そうして唄の拍子に合わせて首を突出しては自分の額を相手の顔にぶっつける。悪口を云われる方では辛抱して罵詈の嵐を受け流してい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・古来多くの科学者がこのために迫害や愚弄の焦点となったと同様に、芸術家がそのために悲惨な境界に沈淪せぬまでも、世間の反感を買うた例は少なくあるまい。このような科学者と芸術家とが相会うて肝胆相照らすべき機会があったら、二人はおそらく会心の握手を・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・そう言えば「愚弄」もやはり g+r だから妙である。「べらぼう」も引き合いに出たが、これについて手近なものは (Skt.)prabh また parama でいずれも「べらぼう」の意がなくはない。しかしまた、「強い」ほうの意味の bala・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・この映画に現われて来る登場人物のうちで誰が一番幸福な人間かと思って見ると、天晴れ衆人の嘲笑と愚弄の的になりながら死ぬまで騎士の夢をすてなかったドンキホーテと、その夢を信じて案山子の殿様に忠誠を捧げ尽すことの出来たサンチョと、この二人にまさる・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫