・・・ しかしこの現象から、日本人は世界じゅうで最もはなはだしく書籍を尊重し愛好する国民であるということを推論することはできない。なんとなれば、この現象からむしろ反対の結論に近いものを抽出することも不可能ではないからである。すなわち、もしもす・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・に病的過敏となった舌の先で、苦味いとも辛いとも酸いとも、到底一言ではいい現し方のないこの奇妙な食物の味を吟味して楽しむにつけ、国の東西時の古今を論ぜず文明の極致に沈湎した人間は、是非にもこういう食物を愛好するようになってしまわなければならぬ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 私のは、普通の文学者的に文学を愛好したというんじゃない。寧ろロシアの文学者が取扱う問題、即ち社会現象――これに対しては、東洋豪傑流の肌ではまるで頭に無かったことなんだが――を文学上から観察し、解剖し、予見したりするのが非常に趣味のある・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・論説を書いた人々は社会の木鐸であるというその時分愛好された表現そのままの責任と同時に矜持もあったことだと思う。或人は熱心に、新しい日本の黎明を真に自由な、民権の伸張された姿に発展させようと腐心し、封建的な藩閥官僚政府に向って、常に思想の一牙・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・そして、そのように評価したのは、所謂旧文壇であり文学愛好者のせまい輪であったことは興味がある。中産階級やインテリゲンツィアの革命性とその価値について十分把握していなかった当時のプロレタリア文学の側は、「伸子」を全く無視していたように思われる・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・飾りなくいえばはっきり通俗であるものが、何となし只通俗ではないのだ、という様子ぶった身構えで登場していて、この三四年間の健全な文芸批評を失った読者の、半ば睡り、半ば醒めかかっている文学愛好心の上に君臨していると思われる。純文学の仕事をする作・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
・・・娘たちが大きくなってからは、彼女たちのシェークスピアの詩の暗誦仲間であり、バーンズの共同の愛好者であった。初孫のジャンがいたずら盛りとなってからは、このジャンがマルクスの最も愛すべき支配者となった。エンゲルスとリープクネヒトが馬になり、カー・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・下岡蓮杖の功績が新しく人々の科学常識の間にとりいれられたのは結構であったし、カメラを愛好する若い人々にとって、ターキーの舞台姿のポーズをとられたのも、鎌倉の波うちぎわで舞う女の躍動をうつせたのも、楽しいことの一つであったにちがいない。 ・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・騒音の激しい、人のざわめき、声々の多い場所で働いている者は、あるいは文学の愛好者となる率が多いのではないかとも思われる。 日本詩歌のリズムの研究が、メトロノームの搏音をつかっての心理学的実験によってなされたことは、この方面において若い心・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・ 文学を愛し、文学をつくる人になる前に生活の必要と文学愛好の心からジャーナリズム関係に入る若い人は、みんな大抵幻滅を経験する。バルザックの「幻滅」とはちがった意味で。遠くから見て敬意を抱いていた芸術家たちが、ジャーナリストとして接触して・・・ 宮本百合子 「豪華版」
出典:青空文庫