・・・――なから舞いたりしに、御輿の岳、愛宕山の方より黒雲にわかに出来て、洛中にかかると見えければ、―― と唄う。……紫玉は腰を折って地に低く居て、弟子は、その背後に蹲んだ。――八大竜王鳴渡りて、稲妻ひらめきしに、諸人目を・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・路地から通りに出ますと、月が傾いてちょうど愛宕山の上にあるのでございます。外はさすがに少しは風があるのでそこからぶらぶら歩いていますと、向うから一人の男が、何かぶつぶつ口小言を云いながらやって参ります、その様子が酔っぱらいらしいので私は道を・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・飯綱山も愛宕山に負けはしない。武田信玄は飯綱山に祈願をさせている。上杉謙信がそれを見て嘲笑って、信玄、弓箭では意をば得ぬより権現の力を藉ろうとや、謙信が武勇優れるに似たり、と笑ったというが、どうして信玄は飯綱どころか、禅宗でも、天台宗でも、・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・田中は阿菊物語を世に残したお菊が孫で、忠利が愛宕山へ学問に往ったときの幼な友達であった。忠利がそのころ出家しようとしたのを、ひそかに諫めたことがある。のちに知行二百石の側役を勤め、算術が達者で用に立った。老年になってからは、君前で頭巾をかむ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・一しょに愛宕山に泊まっているの」「よく放して出すなあ」「伴奏させるのは歌だけなの」Begleiten ということばを使ったのである。伴奏ともなれば同行ともなる。「銀座であなたにお目にかかったといったら、是非お目にかかりたいというの」・・・ 森鴎外 「普請中」
出典:青空文庫