・・・御心がなかったか。御愛憎があったか。断じて然ではない――たしかに輔弼の責である。もし陛下の御身近く忠義こうこつの臣があって、陛下の赤子に差異はない、なにとぞ二十四名の者ども、罪の浅きも深きも一同に御宥し下されて、反省改悟の機会を御与え下され・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・衣、食、住、愛憎の問題だけを見ても、戦争中は、人間的な欲求の一切を抹殺した権力によって、そういうテーマは、すべて自然の文明的な主張をかくし、軍国主義への献身だけが強調された。小説にしろ、そうだった。大衆のこのみは、そこに追いこまれ、すべての・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・しかし今日の眼で真に人生の可能を探ろうとすれば、却って軽蔑を押えられない木部の俤を伝えている定子に対する自身の女として堪え難い苦しい感情、子供には告げることの出来ない複雑な愛憎の陰翳を勇気をもって突きつめて自身に究明することによって、葉子の・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・范の場合、一人の人間の運命に対する主観的な愛憎の責任、その責任感の自覚という追究で、テーマが深められた。木々高太郎氏の作品では、殺すという行動を機械的に殺しの操作それ自体に切りはなしてしまって、比叡子の心持を、合理性そのものの解釈においてさ・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・丁度後にドイツの本を読むことになってからズウデルマンよりはハウプトマンが好だと云うと同じ心持で、そう云う愛憎をしたのである。 春水の人情本には、デウス・エクス・マキナアとして、所々に津藤さんと云う人物が出る。情知で金持で、相愛する二人を・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・われ性として人とともに歎き、人とともに笑い、愛憎二つの目もて久しく見らるることを嫌えば、かかる望みをかれに伝え、これにいいつがれて、あるはいさめられ、あるはすすめられん煩わしさに堪えず。いわんやメエルハイムのごとく心浅々しき人に、イイダ姫嫌・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・作者は作中の人物を平等に愛するのではなく、一を愛し他を憎むのであるが、そういう愛憎の卒直な表現からでも、我々は優れた作品を期待することができる。 しかし藤村の個性はそうでない態度の上に立っているのである。だから藤村の作品からその個性にな・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫