・・・ 河の水音、木々のざわめき、どこかで打つ太鼓の音などは、皆一つの平和な調和を保って、下界から子守唄のようになごやかに物柔かく子供の心を愛撫して行く。 六の単純な心は、これ等の景色にすっかり魅せられてしまうのが常であった。 大人の・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 彼等の性わるな嘲弄の中には、ゴーリキイがまだ女の愛撫を経験したことがないことが、最も容赦ない材料としてとりあげられるのであった。 崖上の小さい、だがその存在の意味は大きいデレンコフの店では、やがてパン屋を開くことを考え出した。・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 生れて始めて凹んですき間の出来た股を 湯のなかで自分は愛撫した。 壁際の黒皮ばり長椅子に二十歳のターニャが脚をひろげてかけて居る。白い上被りの中で彼女は若々しい赧ら顔と金髪と大きな腹をもった綿細工人形みたいだ。 ターニャは姙娠・・・ 宮本百合子 「無題(七)」
・・・身は偏奇館、あるいは葷斎堂に住して、病を愛撫し、「身を落す」自傷を愛撫し、しかしそれらを愛撫するわが芸術家魂というものをひたすらに愛撫する荷風は、ある意味では人生に対する最もエゴイスティックな趣味家ではあるまいか。 ヨーロッパの婦人の社・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・すると、彼の妻は、親しげな愛撫の微笑を洩らしながら咳いた。「まア気の早い、鴉ね、もう啼いて。」 彼は、妻の、その天晴れ美事な心境に、呆然としてしまった。彼はもう涙が出なかった。「さようなら。」と暫くして妻はいった。「うむ、さ・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫