・・・しかし彼はいつの間にか元気らしい顔色に返り、彼の絶えず愛読している日本文学の話などをし出した。「この間谷崎潤一郎の『悪魔』と云う小説を読んだがね、あれは恐らく世界中で一番汚いことを書いた小説だろう。」(何箇月かたった後、僕は何かの話・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・それは彼の頭には、一時愛読したスタンダアルの言葉が、絶えず漂って来るからだった。「私は勲章に埋った人間を見ると、あれだけの勲章を手に入れるには、どのくらい××な事ばかりしたか、それが気になって仕方がない。……」 ――ふと気がつけば彼・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・僕はもう半年ほど前に先生の愛読者のK君にお墓を教える約束をしていた。年の暮にお墓参りをする、――それは僕の心もちに必ずしもぴったりしないものではなかった。「じゃお墓へ行きましょう。」 僕は早速外套をひっかけ、K君と一しょに家を出るこ・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・の最初の試みの雑誌が物議を生じた。其結果、出版法だか新聞雑誌条例だかの一部が修正された。博文館は少くも世間を騒がし驚かした一事に於て成功した。小生は此の「大家論集」の愛読者であった。小生ばかりでなく、当時の貧乏なる読書生は皆此の「大家論集」・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ドウしてコンナ、そこらに転がってる珍らしくもないものを叮嚀に写して、手製とはいえ立派に表紙をつけて保存する気になったのか今日の我々にはその真理が了解出来ないが、ツマリ馬琴に傾倒した愛読の情が溢れたからであるというほかはない。私の外曾祖父とい・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・が、畢竟は談理を好む論理遊戯から愛読したので、理解者であったが共鳴者でなかった。書斎の空想として興味を持っても実現出来るものともまた是非実現したいとも思っていなかった。かえってこういう空想を直ちに実現しようと猛進する革命党や無政府党の無謀無・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ 自分が、真に愛読するという本は、そう沢山あるものでない。面白く、読み終らせるだけでも、愛読書ということができるでありましょう。しかし、その程度のものは、一生の間に、恐らくもう二度と手にとって見ることがあるかどうか、分らないものです・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・ そうサ、僕はその頃は詩人サ、『山々霞み入合の』ていうグレーのチャルチャードの飜訳を愛読して自分で作ってみたものだアね、今日の新体詩人から見ると僕は先輩だアね」「僕も新体詩なら作ったことがあるよ」と松木が今度は少し乗地になって言った。・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・かような良書の中で、自分の問いに、深く、強く、また行きわたって精細にこたえてくれる書物があるならば、それは愛読書となり、指導書となるであろう。かような愛読書ないし指導書は一生涯中数えるほどしかないものである。 たとえば私にとっては、テオ・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・そしてその転身の節目節目には必ず大作を書いているのだ。愛読者というものはそれでなくては作者にとってたのみにはならない。 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
出典:青空文庫