・・・ 彼は感心したように首肯いて警部の話を聞いていたが、だん/\と、この男がやはり、自分のことをもその鉄の鎖で縛った気で居るのではないか知らという気がされて来て、彼は言いようのない厭悪と不安な気持になって起ちあがろうとしたが、また腰をおろし・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 酔った方の男はひどく相手の言ったことに感心したような語調で残っていたビールを一息に飲んでしまった。「そうだ。それであなたもなかなか窓の大家だ。いや、僕はね、実際窓というものが好きで堪らないんですよ。自分のいるところからいつも人の窓・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・のほど驚くばかりに候、さらに驚くべきは小生が妻のためにとて求め来たりし育児に関する書籍などを妻はまだろくろく見もせぬうちに、母上は老眼に眼鏡かけながら暇さえあれば片っ端より読まれ候てなるほどなるほどと感心いたされ候ことに候、右等の事情より自・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・その詩や、ハイネ、ゲーテの訳詩に感心したのでもない。が、その編纂した泰西名詩訳集は私の若い頃何べんも繰りかえしてよんだ書物であった。 春月と同年の生れで春月より三年早く死んだ芥川龍之介は、、私くらいの年恰好の者には文学の上でも年齢の上で・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・半井卜養という狂歌師の狂歌に、浦島が釣の竿とて呉竹の節はろくろく伸びず縮まず、というのがありまするが、呉竹の竿など余り感心出来ぬものですが、三十六節あったとかで大に節のことを褒めていまする、そんなようなものです。それで趣味が高じて来るという・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ とおげんは自分ながら感心したように言って、若かった日に鏡に向ったと同じ手付で自分の眉のあたりを幾度となく撫で柔げて見た。「ひどいものじゃないかや。何だか自分の顔のような気もしないよ」 とまたおげんは言って、鏡を娘の方へ押しやっ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ほんとに感心なものだね。われわれ人間の中にも、あれほど情ぶかい、いきとどいたやつはちょっといないぜ。毎日朝からおれんところではたらいて、夕方になると肉をもって来てあの犬に食わしてるんだ。見上げたものじゃないか。」と肉屋は、しみじみこう言いま・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・ 私が中学の二年生の頃、寺町の小さい花屋に洋画が五、六枚かざられていて、私は子供心にも、その画に少し感心しました。そのうちの一枚を、二円で買いました。この画はいまにきっと高くなります、と生意気な事を言って、豊田の「おどさ」にあげました。・・・ 太宰治 「青森」
・・・ さてこの一切の物を受け取って、前に立っている銀行員を、ポルジイ中尉は批評眼で暫く見て、余り感心しない様子で云った。「君も少し姿勢がどうかならんかねえ。気を附けて見給え。損の行かない話だ。」 これは少し冤罪であった。勿論この銀行・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・この盲人の根気と熱心に感心すると同時に、その仕事がどことなく私が今紙面の斑点を捜してはその出所を詮索した事に似通っているような気もした。どんな偉大な作家の傑作でも――むしろそういう人の作ほど豊富な文献上の材料が混入しているのは当然な事であっ・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
出典:青空文庫