・・・ 見なれた人にはなんでもない物事に対する、これを始めて見た人の幼稚な感想の表現には往々人をして破顔微笑せしめるものがあるのである。 文楽の人形芝居については自分も今まで話にはいろいろ聞かされ、雑誌などでいろいろの人の研究や評論などを・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・こんな事をば、出入の按摩の久斎だの、魚屋の吉だの、鳶の清五郎だのが、台所へ来ては交る交る話をして行ったが、然し、私には殆ど何等の感想をも与えない。私は唯だ来春、正月でなければ遊びに来ない、父が役所の小使勘三郎の爺やと、九紋龍の二枚半へうなり・・・ 永井荷風 「狐」
・・・に対する感想を窺う事は出来ない。ルッソオ出でて始めて思想は一変し、シャトオブリアンやラマルチンやユウゴオらの感激によって自然は始めて人間に近付けられた。最初希臘芸術によって、diviniseされた自然、仏蘭西古典文学によって度外視された自然・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・貰っても辞してもどっちにしても賀すべき事だというのがこの友の感想であるとかいって来た。そうかと思うと悪戯好の社友は、余が辞退したのを承知の上で、故さらに余を厭がらせるために、夏目文学博士殿と上書をした手紙を寄こした。この手紙の内容は御退院を・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・これが余の長谷川君と初対面の時の感想である。 それから、幾日か立って、用が出来て社へ行った。汚い階子段を上がって、編輯局の戸を開けて這入ると、北側の窓際に寄せて据えた洋机を囲んで、四五人話しをしているものがある。ほかの人の顔は、戸を開け・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・「ご感想はいかがですか。」 私は答えました。「正直を云いますと、実は何だか頭がもちゃもちゃしましたのです。」 校長は高く笑いました。「アッハッハ。それはどなたもそう仰います。時に今日は野原で何かいいものをお見付けですか。・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・ そこには『白樺』がもたらした人間への愛の精神が具体的にどう消長したかも語られていて、さまざまの感想を私たちに抱かせると思う。〔一九四一年三月〕 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・しかし、それならばと云って、所謂文学的専門術は身にそなえていなくても、人間として民衆として生きる日常の生活の中から、おのずから他の人につたえたいと欲する様々の感想、様々の生活事情が無いと云えるだろうか。あったことを語りたい。忘られない或るこ・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・たとえば私は四五日前に大家と称せらるるある人の感想を読んでその人の製作を考えてみた。彼は「事実」に即するつもりでいる。また実際「事実」を持っている。しかしそれは浅い生ぬるい事実に過ぎなかった。けれども彼はもっと深い事実を示す多くの思想や言葉・・・ 和辻哲郎 「転向」
・・・この機会に自分も一つの感想を述べたい。 今からもう十八年の昔になるが、自分は『古寺巡礼』のなかで伎楽面の印象を語るに際して、「能の面は伎楽面に比べれば比較にならぬほど浅ましい」と書いた。能面に対してこれほど盲目であったことはまことに慚愧・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
出典:青空文庫