・・・ 思わず、一言、私は批評めいた感懐を述べたくなるが、しかし、読者の鑑賞を、ただ一面に固定させる事を私は極度におそれる。何も言うまい。ゆっくり何度も繰りかえして読んで下さい。いい芸術とは、こんなものなのだから。 昭和二十二年、晩秋。・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・括弧の中は、速記者たる私のひそかな感懐である。 さて、きょうは、何をお話いたしましょうかな。何も別にお話する程の珍らしい事もございませぬが、本当に、いつもいつも似たような話で、皆様もうんざりしたでございましょうから、きょうは一つ、山・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・私にとっては、その間に様々の思い出もあり、また自身の体験としての感懐も、あらわにそれと読者に気づかれ無いように、こっそり物語の奥底に流し込んで置いた事でもありますから、私一個人にとっては、之は、のちのちも愛着深い作品になるのではないかと思っ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・高尚ノ美ヲ蔵シ居ルコト観破仕リ、以来貴作ヲ愛読シ居ル者ニテ、最近、貴殿著作集『晩年』トヤラム出版ノオモムキ聞キ及ビ候ガ御面倒ナガラ発行所ト如何ナル御作、集録致サレ候ヤ、マタ、貴殿ノ諸作ニ対スル御自身ノ感懐ヲモ御モラシ被下度伏シテ願上候。御返・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私は少したべすぎたのに気がついて、そんなてれ隠しの感懐を述べた。「そうでしょうか。」女中さんは、さっきから窮屈がっているようである。「お茶をいただきましょう。」「お粗末さまでした。」「いや。」 私は、さむらいのようである・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・これらの人々のような立場になったとき、こういう感懐を書くのは日本の伝統的風格であるという意見もあろう。そういう見解にたっていうならば、またおのずからつぎの事実が理解されてくる。こんにち、色紙の辞句にあらわれたような観念的でまた独善的な、いわ・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・自分の感懐を、自分のものとして肯定する能力さえ奪われてきた。 今日、ある程度文学的業績をかさねた作家を見ると、ほとんど四十歳前後の人々である。それからあとにつづく、より若い、より未熟ではあるが前途の洋々とした作家というものの層は、空白と・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・ 詩吟というものは、ずっと昔も一部の人は好んだろうが、特に幕末から明治の初頭にかけて、当時の血気壮な青年たちが、崩れゆく過去の生活と波瀾の間に未だ形をととのえない近代日本の社会の出生を待つ時期の感懐を吐露するてだてとして流行したものであ・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・そのこころに通じるものがあるようで、火野葦平、林房雄、今日出海、上田広、岩田豊雄など今回戦争協力による追放から解除された諸氏に共通な感懐でもあろうか。 東京新聞にのった火野の文章のどこの行をさがしても、「昔にかえった」出版界の事情「老舗・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
・・・ これらの状態を、ひとめでわかる統計図にして、今日の日本の若い女性たちが眺めたら、彼女たちは自分たちの文化上の実力の伝統について、どんな感懐をもつであろうか。 日本は、知られているとおり出版物の数の多いこと、種類の夥しいことでは、世・・・ 宮本百合子 「女性の書く本」
出典:青空文庫